住まい・インテリア

2016年3月19日 (土)

府中市に引っ越しました

転居ってホントに疲れる。
2月末に、多摩市から府中市へ転居しました。東京のなかでの移動です。

2月末に、僕は会社を定年となりまして、社宅を追い出されることになりました。
多摩市永山のアパートは、僕と娘と猫1匹で9年住んできました。もう荷物がいっぱいで、引っ越しのことを考えるだけでも頭が痛いです。

結局、引っ越し日のころには親子ともに体調崩して、7割程度しか荷物運べず。1週間後にもう一度引越日を設定し、無理やりやっつけました。

前回の引越の時は、13歳のさびしがりやの高齢ウサギを一時一人暮らしをさせるなどして死なせてしまいました。ほんの二・三日だけど、年寄りで甘えん坊のウサギには厳しかったようです。悲しかった。
今回は13歳の高齢ネコを抱えるも、そのようなことはなく、無事に引っ越せました。

荷物づくりの際に、あちこちから小銭が湧いて出て、時にはデパートの商品券やビール券なども出てきたりして幸せな場面もあったが、引っ越しを2回に増やした原資になってしまいました。商品券どこいったっけ??

引越が済んだ今は、大量の荷物に埋もれて、着替えがどこにあるかもわからず、大変な日々を送っています。
ちなみに娘は着替えなど身の回りのものは旅行用のトランクに詰めて持ってきたとかで、なにも困ってないとか。チクショウ

独立後の引越歴をふりかえってみた(*^。^*)

1 高校入学とともに東京に出てきたとき、最初の1人暮らしは横浜日吉でスタートしました。身元引受人の親戚の家に近いということで横浜になりました。慶応キャンパス正面です。学生向けのマンションで、冷暖房完備、クリーニング無料、朝夕食無料など、けっこういい暮らしでした。スタッフも高1のこどもこどもした入居者をかわいがってくれました。

2 通学先は西武新宿線の上石神井。練馬区です。東京の電車がこんなにのんびり走るものとは知りませんでした。結局、通学1時間半はきびしくて、1年後には学校の裏のアパートに越しました。寝坊すると学校の校内放送で起こされました。
大家さんが、あまりにも世話を焼いてくれるのが京都人の僕には居心地が悪く、大家さんの息子さんも、僕をあちこち引き回してくれて、大変でした。

3 また1年後、隣駅の古い下宿に越しました。高専生、高校生、大学生に院生と、いろんな人がいて、毎日隣のパン屋さんで、牛乳飲みながらつるんでました。まわりは一面畑で、風が吹くと砂煙が舞い、うっかり洗濯などするとみんな茶色になってしまいます。

4 今思えばのどかな田舎でよかったんだけど、都会に住みたくて、1年後中央線の西荻窪へ。大きなお屋敷の1間を借りました。今度は杉並区です。

5 大学生になって大学裏の夏目坂を上がりきったあたりに移動。新宿区です。

6 さらに翌年、近所の若松町交差点にあったボロボロアパートに越しました。
このアパートにいる間に卒業・就職、結婚。独身サラリーマンはたった半年ほどで終わりました。

7 嫁さんが、あまりのボロボロさに、京王線の高幡不動駅そばにアパートを見つけてきたので引越。日野市です。

8 次に小金井市の学芸大門前に引っ越し。駅でいうと武蔵小金井。ここで娘が生まれる。毎日上司に付き合わされていた仕事終わりの飲み会のせいで肝臓・腎臓がダウン。長期療養。いやいや飲み会の毎月の費用は6~7万円。長期療養のおかげで、飲み代がかからなくなって嫁さんは喜んだ。

9 多摩ニュータウン(多摩市)に。駅からバス10分だが、毎朝嫁さんが車で駅まで送ってくれるという約束で転居。約束は1日だけ実行された。娘の友達が、団体で玄関を上がって娘のおもちゃを盗んでいく。「コラァ!」って怒鳴ったら泥棒たちは泣きながら逃げていった。

10 同じニュータウン内で移動。八王子市。2駅となりの南大沢駅、都立大のそばに転居。高層アパートの上層階。住人には変な人がいっぱい。ペット禁止だけど、昼間は犬をつれて散歩する人が普通にいた。

11 日野市(多摩動物園前)にログハウスを建てて引っ越し。持ち家になったので、ウサギを飼う。娘の先生に押し付けられた捨て猫を、ニコニコしながらもらいに行った。新築前後から離婚を考えていたが、ここまでよくもった。この家に来て8年目に離婚。

12 家を処分し、多摩市に舞い戻ったら、娘は大阪での仕事をやめて帰ってきた。猫と3人?のアパート暮らし 9年

13 そして今回職場定年で引っ越し。

都市ガスからLPGに変わった。いままで一度だけLPGだったことがあるかな。日野市の高幡不動だったときかもしれない。ガス器具はみんな捨てることになった。ガスファンヒーターは重宝していたんだが残念。

宅配便。
よくネット通販を利用するんだけど、注文したその日に荷物がたびたび到着してびっくり。多摩よりは都会に近いんだなと実感した。ここも多摩だけど。

西武多摩川線
最寄り駅がこの線です。
走ってる電車は僕が学生時代に乗っていたような昔の電車。さすがにガーとかガタンゴトンとはいってないけど、それに近い感じ。4両固定編成のワンマンカーで、運転間隔12分です。不便じゃありません。
京王線の多摩動物園前に住んでた時は20分間隔で、さすがに不便だった。西武線は京王動物園線と同じく単線運転です。駅前にはコンビニはおろか商店一つなく、ほんっとに閑静です。数分歩けばコンビニがありますから大丈夫です。住宅地の中でありながら、車のない生活は考えにくいかもしれない。

JR中央線
西武線から武蔵境駅で中央線に乗り換え、職場に通います。なんだか、危ない人が多いなぁ。電車の中では、自分の立つ場所はここだと決めて、何があっても1ミリだって動かない人や、自分の息子を守らなきゃいけないとかいって、自分に近づく人をがんがん押して難癖つけて近づけさせない紳士など。
中央線沿線は危ない地区みたいだな。
帰り、東京駅で電車の到着を待っているときは整然とした列ができているんだが、いざドアが開くと周りからどっと人が集まってきてグチャグチャになる。あとは座りたい人の力任せの突進から自分を守るのみ。座りたいけど座れなかったおばあさんの叫び声なんかがよく聞こえる。阪神電車の駅では普通にあることだけど、それと同じような状態だ。
いろんな意味で中央線は危ない。娘が通学に中央線を使っていたときには、痴漢がいっぱいで乗りたくない…って言ってたが、それを実感させる感じだ。
僕だって半世紀近く前、通学に中央線を使った時期があるんだが、もっと混んでたと思う。でも、こんなに雰囲気は悪くなかった。というか、むしろ上品な感じがしていたんだが、変わってしまった。

荷物を運び出した抜け殻のアパートはなんと広いことか、そして、なんと汚いことか。ほうきで掃き出した埃の量が半端じゃなかった。
あんまり疲れて、どろどろになって、感傷に浸る気分にならなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月27日 (金)

熱海(3)池田満寿夫・佐藤陽子創作の家

池田満寿夫・佐藤陽子創作の家
熱海駅からMOA美術館へ行く途中。駅から歩いて行けるぐらいの所に池田満寿夫さんと佐藤陽子さんの旧宅があります。そこが、今は「創作の家」という名前で公開されています。
Fuyucamera_122 Fuyucamera_123
佐藤陽子さんの練習場と池田満寿夫さんのアトリエ、そして居間からオーストリア製トイレまで(使用禁!(^_^;)公開されています。

昔の池田満寿夫さんの出演したテレビ番組のビデオなども流されています。
池田さんのアトリエには、生前使っておられたスチルカメラやビデオカメラ、パソコンやデジタル機器がいっぱい置かれていて、興味深いところです。

居間からは、相模湾の景色との間に衝立のような巨大なマンションが立ちはだかっていて残念だが、それにしても熱海の暖かな光が降りそそぐ素敵な家です。
Fuyucamera_128

なぜか、生活臭があまりしない家なので、池田満寿夫さんや佐藤陽子さんに思い入れのある人じゃないと、訪ねても面白くないかもしれません。アトリエにしたところで、絵具が部屋中にこびり付いてるわけでなく、デジタル機器がゴロゴロころがっている広間なわけで、かってな思い込みを裏切ってくれます。

帰りの時間まで、居間でコーヒーをいただきながら寛がせていただきました。
※家の中は撮影禁でした 残念!

| | コメント (0) | トラックバック (0)