京都

2016年7月23日 (土)

桂離宮

2016/7/2(土) 京都へ
この日夕方新幹線のぞみで京都へ。ほんとは夜行バスを予約してあったんだけど、急に新幹線の切符に切り替えた。その日のホテルも新たに手配した。
高くついたけど、一晩夜行バスに閉じ込められるのと比べれば天国だ。3列シートの真ん中で、9時間ぐらいカーテンに閉じ込められて、景色も見えないなんて……僕には苦しすぎる。窓際で、カーテン開けても文句言われないならまだいいんだけど。

京都の宿は近鉄京都駅の上。こんなとこにホテルがあるなんて知らなかった。
名前通り、駅構内にホテルのエントリーがある。チェックインして宿泊階でエレベータを降りると、長い長い廊下を歩いて部屋に入る。
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部屋は、思わず「せまっ!」と声に出してしまったものの、とりあえず清潔で居心地はいい。
トランクを持っていたらどこで開けるんだろうと思うような部屋ではあるけど。

近鉄の駅の上なので、近鉄の電車と新幹線は見えないが、それ以外、JR京都駅の列車はみんな見える。なかなかいい(^◇^) 鉄道ファンならニコニコする部屋でしょ。
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7/3(日)
朝、ホテルの朝食は品数が少なくて、ちょっと寂しかった。

朝9時半過ぎまで部屋でゴロゴロしてから、東山のお寺に出かけます。
目的地は、東山 御寺「泉涌寺」の塔頭 雲龍院です。
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東山通南端から泉涌寺道を歩き、一番奥にあります。お寺の周辺にはたくさんの天皇御陵が並んでいます。
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御陵を眺めていると、犬を連れたおじさんが、ずっと僕の様子を見ている。やだな。ま、京都とか奈良の皇族関連の施設ではよくあることではあるんだけど。
長髪で白髪交じりのおじさんが、御陵群の中で立ちつくしているのは不審か?
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雲龍院を訪ねるのは、これが初めて。
訪れている人は、僕のほかには見当たらない。
静かなお堂の中を歩き、お庭お堂をめぐる。
このお寺にうかがった理由はこれ
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窓の前に座ると、ふっと気持ちがほぐれる。
心が澄んでいきます。
素晴らしい。
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次が御寺泉涌寺
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門をくぐると、いきなり空気の流れを感じることができる。とても気持ちいいお寺です。たぶんパワースポットですね。
天皇家の菩提寺です。お寺の名前に「御寺」がついています。
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子どものころお参りしたときは、代々天皇家の位牌を見せていただいたけれど、今回は見れませんでした。
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泉涌寺戒光寺
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お線香とろうそくをお供えして、阿弥陀様にお参りしました。運慶と湛慶の合作との説明がありましたが、見たところ宋風の仏さまです。運慶・湛慶の仏さまって本当かな?

泉涌寺即成院
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阿弥陀如来を中心に周りを二十五菩薩が取り囲む、浄土信仰を仏像で表現したお堂です。学生時代には、違う建物で拝観しました。木造の背の低い建物に多くの菩薩像が密集する大迫力のお寺でした。今回はお堂の裏に増築された、背の高い防火建築の中に並んでおられ、だいぶイメージが違っていました。一体一体の仏さまはとても個性が強く素晴らしいんだけど、これだけたくさんおられるとイメージが拡散してしまいます。
長い時間、仏様たちの前にたたずめば、より素晴らしいでしょうが。

東福寺
泉涌寺からはごく近く。だけど、以前、いつお参りしただろうと考えながら参道をたどります。昔は京阪電車やJR奈良線じゃなくて、東山通りを通る市電の「東福寺前」電停で降りて、北から入ったでしょう。今回もその道をたどります。見たような橋にたどり着きました。

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最近、少なくとも10年以上はお参りした記憶がありません。が、中学生ぐらいのときに写真に撮った禅堂がそこにあったことで、四十年ぐらい前に訪れたときのことを思い出しました。

このときには、有名な通天橋を渡っただろうか?小学生ぐらいのときに渡ったかも……だって、橋を渡った先の開山堂には訪れた記憶があるし、写真もあるから、通天橋は渡ったはず。
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<開山堂>
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このお寺には長いことご無沙汰していたようです。
子どものときに撮った写真の構図のなかに、このお寺の姿がいくつも記憶に残っていますが、すべてが東福寺の景色だということをすっかり忘れています。なんでだろ。

方丈の庭園にも行きました。たくさんの若者が縁に並んで座っています。
紅葉の季節には信じられないほどの大混雑になるところですが、人影がまだらで、とても気持ちがいいところです。
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梅小路公園
嵐山に墓参りに行く途中、梅小路によりました。
大変な人出で、レストランでも探してゆっくり休憩をと思ったんですが、大混雑のレストランの前を通り過ぎただけ。
公園の中には、かつての京都市電が何両も保存展示されていて懐かしかった。でも、保存された市電の多くは、バーゲン会場みたいな使われ方しているのが寂しかった。
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嵐山 お墓参り
京都に来たときはきまりで、嵐山 天龍寺にお墓参りをします。天龍寺は人出が多く、それも大半が外国からの観光客でした。大声の中国語・韓国語が飛び交っています。いたるところに溶けたソフトクリームが散乱しています。

嵐電で四条大宮へ
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大宮からは市バスで京都駅へ
市バスには10人ぐらいの中国人さんが乗ってきて、それも全員が大きなトランクを持っていたものだから、突然殺人的な大混雑になってびっくり。ふつう大きなトランク持ってたら乗りあいバスには乗らないよねぇ?そんなことないかな?

7/4(月)
桂離宮

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朝9時に受付前集合ということで、京都駅からTAXIで行きました。今回の京都行のメインイベントです。
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子どものころ、ここの前庭では自転車の練習をしたし、水路で魚を採ったりしていたところ。たいへんなじみのあるところですが、中には入れてもらったことがありません。水路の奥に入り込んだ(^-^)時は皇宮警察のおじさんにつまみ出されました。

私服の皇宮警察官の受付をすませ、きれいな待合室で時間になるまで待ちます。大型ディスプレイを使った説明をうけ、時間ちょうどに女性の案内人に引き連れられて庭園に参ります。今後観覧を希望する方にはご注意。観覧開始時間には、事前の説明が終わります。案内時間ぎりぎりに滑り込みすると、説明は受けられません。(^-^)注意事項も聞けませんから、ちょっとまずいかも。
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きれいに手入れされた飛び石を踏んで進むうち、周囲の景色はどんどん移り変わります。
いろいろな国からの観光客もいるけれど、やっぱりお隣の国の方は、しつこい注意にかかわらず大切な苔の庭を踏みにじって自撮りしてました。勘弁してよ、苔を育てるの大変なんだから。
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庭園の中で立ち止まると、別世界にいるような気持ちになれます。今では建築物の中に入ることができなくなってますが、建物に上がれる時代に参観したかった。
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京都鉄道博物館
次に鉄道博物館に行きました。梅小路公園の一角にある施設です。前から来ようと思っていたところですが、ゲート入ったとたんに目標を達成してしまって、あとは何を見なければという思いはなくなりました。(~.~; 昔からの蒸気機関車庫だけは押さえました。
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おなかすいてたからレストランに行きました。まだほとんど空席だったので、東海道線に面した席を確保。眺望を楽しみました。食事はマニア納得のネーミング……変な名前の丼物を注文しました。(^-^) 
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窓の向こうは、いろいろな特急電車や新幹線が駆け抜けていき、さらに向こうには東寺の五重塔が見えています。混んできてからは、私の背中のところに子どもたちがいっぱい並んで大歓声を上げるので、居心地が悪くなって退散しました。「ママァ、ここ座りたーい」って背中のところで絶叫されるのは、たまったもんじゃありません。(´・ω・`)
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京都御所
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集合時刻は13時半。清所門に参集。
門前にはたくさんの皇宮警察官が待ち構えています。
こちらは、一度の案内に100人を超える人数が集まります。 白人も多く集まっています。
やっぱり紫宸殿の造形は素晴らしい。こちらも、子どものときの思い出の建物です。
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観覧コースにはたくさんの建物があり、それぞれかなりの幅の時代にわたって増築改築を続けてきた建築群なのだけど、すっきりとしています。
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統一感っていうのかな。それぞれの時代に、建築や庭園を担当してきた建築家・造園技術者の才能がこうして形になってきたんだろうな。

空は、ところどころ真っ黒で、ときどき閃光がはしり、雷鳴がとどろいています。カラスも飛び交っています。突然ここで豪雨に襲われたら、殿舎に(緊急避難で)上げてもらえるかと期待したのだけど、それはかないませんでした。
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観覧が終わり、御苑の休憩所でジュースを飲んで、ボーっと景色を眺めたのち、バスで京都駅へ行き、イノダのコーヒーを飲んでから新幹線で帰りました。京都って近いな。

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2015年3月28日 (土)

お見舞い

平日に代休をとって大阪へ行きました。入院して、まもなく手術という兄を見舞うためです。
普段の朝の出勤より約30分早く家を出、早朝に走る京王線の特急電車に乗って東京駅へ。
そして、もう何年も乗ってない東海道新幹線に乗って京都まで行きます。

なんと新幹線の座席には電源プラグがあってパソコンやルーターが充電できます。座席の間隔も、膝の前にトランク1個置けそうなほど広々してます。しばらく乗ってなかった新幹線って快適ですね。

京都駅からは京都市営地下鉄に乗り、四条烏丸で阪急の特急電車に乗り換え。高槻市の兄の入院先に向かいます。
前からそうだけど、阪急電車の内装は、東京の私鉄には見られないクオリティの高さです。車齢50年の車両でも、いまだにピカピカの姿で走っています。

兄の入院している病院は、親戚が何人か卒業した大学附属の古い病院で、数十年前に父親に連れられて訪ねたことがあります。
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その時は昼も薄暗い石造りの建物でした。ところが今回訪ねた病院は、近代的なとても明るい病院でした。イメージ違いすぎる。

ナースステーションの面会受付で名前を言うと「ああ」という反応ですぐに案内されます。やっぱり兄弟だから印象が近いんだろうな。

面会のあと、ふたたび阪急電車に乗り、こんどは京都の嵐山に向かいます。
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嵐山の天龍寺にお墓参りです。
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お寺の参道を歩く人は、半分ぐらいが中国語をしゃべる人たち。大陸や香港、台湾その他、いろんな国の人達なんだろうけど。
日本人、白人、黒人といった人たちはそんなに多くありません。シーズンオフの京都は、それでも人でいっぱいだった。
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お寺の中はほんとに落ち着きます。
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子どもの時から変わらず、美しく管理されている姿が素晴らしいです。

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午後4時頃には雲が厚くなり、小雨が落ちてきたので、京福電車嵐山駅から天神川駅で市営地下鉄に乗り換えて京都駅へ。
駅地下のイノダコーヒーでコーヒーをいただいて新幹線の発車時間まで、時間をつぶします。
夕方7時、新幹線発車時間には、京都は豪雨になっていました。

家に帰り着いたのは11時。東京はこのころ小雨が落ち始めていました。
京都は暑かった。

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2014年1月11日 (土)

京都 2014/01/01

元日は京都の墓参りと清明神社に初詣
ホテル前のJR奈良駅から京都行き快速電車に乗り終点まで。
京都駅で山陰線の電車に乗り換え、嵯峨嵐山駅で降りました。
ここから駅前を西に向かえば、お墓のある天龍寺に到着です。
天龍寺はそんなに混んでいないけど、いつも人影の無い墓地が、元旦には何人もの人がお参りしています。
娘と二人、墓石を掃除して1年の報告をしました。

昨年の嵐山の氾濫のあとを見てみたかったので、大堰川沿いの道にでたけど、もう被害の跡はありません。
ちょうど、お昼になったので川から一段上がったお店で湯豆腐をいただきました。渡月橋を見ながらの京料理、美味しかった。これは娘のおごり(^^)v

JRの嵯峨嵐山駅から、今度は二条駅まで電車にのり、清明神社に行きます。
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ここもまた、最近のスピリチュアル系の神社によくあるように整然と2列の参拝待ちの行列ができています。そして、激しく割り込みをするおじさんおばさんもいます。幻滅。
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「隣のお店で販売しているスピリチュアル用品は一切神社とは関係なく、境内に持ち込まないように」という注意書きなどもあり、さらに幻滅
はやいとこブームが去ればいいななんて……思う…

この日はこれだけで奈良に帰ることにします。
帰りは近鉄特急の2階電車に乗りました。すいてます。何年ぶりだろう。懐かしい。

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2011年8月20日 (土)

京都 2011/08/17 元伊勢巡り

この日は娘と別行動。
僕は、京都府の北の方へお出かけ。
去年の夏、天の橋立から南下して京都市に入ったのだけど、福知山の元伊勢神社にお参りする予定だったのを、暑さに負けてパスしたら、クルマのブレーキが故障してひどい目にあいました。今度は、そこんところをやり直し・というかお詫びしに行こうというわけです。

最初は豊受大神社
京都市から北に車で2時間半。福知山市にあります。名前でわかる様に、元伊勢外宮とも言われています。伊勢の外宮が伊勢に移る直前まで鎮座していた所とのこと。
広い駐車場には車が一台も無し。でも、そばにある無人の社務所には、お守りなどが並べてあります。いつからかふと気がつくと、社務所の横に軽トラックが止まっており、中のおじさんがこちらをみています。作業着姿だけど、神社の関係者の方かもしれない。(^_^;)
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長い、広い階段を登ると丘の上に広場があり、左に折れると、黒木の鳥居があります。
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嵐山の野々宮神社と同じです。鳥居をくぐると、ひと気のない神社。ずいぶん広いところです。
本殿は伊勢神宮と同じような作り。まわりには何十もの摂社が取り巻いている。
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次に、車で2,3分のところの元伊勢内宮 皇大神社へ。こちらは豊受大神社と同様に伊勢の内宮が伊勢に移る前に鎮座していたところという。石段下の社務所には黒い菊の御紋がかかっています。
そこから曲がりくねった階段を上がっていく。途中には参道の真ん中に2本の御神木がそびえる。だんだん雰囲気が盛り上がってくる。
御神域に入ってからは写真機の調子が変だ。最初の鳥居を通ってからの写真が勝手にモノクロになっています。その後も時々シャッターが下りなくなりました。聖地と言われる所ではよくこうなります。ここも聖地なんだな。
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階段を上がり切ったところには何人かの神職の方が詰める社務所があった。そして、ここの鳥居も黒木の鳥居です。
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神殿は伊勢神宮と同様の神明造。しかも、真新しい建物でした。こちらには何人かの参拝客がいて、豊受大神社とはだいぶ雰囲気がちがいます。
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次に近くの天の岩戸神社へ。途中、日室山の拝所というのがあります。ここからの景色は本で何回も見たことがあります。この山は、よく日本のピラミッドと書かれている山で、神域として守られているため、自然がそのまま保たれていることでも有名なところ。きれいな山です。ピラミッド型の山です(^_^)。
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さらに参道をどんどん降りていくと渓谷の大きな岩盤に祠が建てられています。これが天の岩戸神社。祠の前面の岩に鎖がFIXされていて、祠のところまで登れるのだけど、岩が濡れているし、自分の足元がサンダルなので登るのは断念した。
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祠の下は大きな岩がゴロゴロしている渓谷なので、子どもたちが歓声をあげて遊んでいます。

最後に、大江町の「日本の鬼の交流博物館」を訪ねました。前から来たかったんです。
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巨大な鬼瓦が迎えてくれます。
この日は、展覧会「夏季特別展 妖怪画の中の鬼」をやってました。
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車に戻り、ナビの画面を見るともはや日本海まで20キロしかないことに気が付き、昨年訪ねた元伊勢籠神社に、もう一度お参りすることにしました。摂社の真名井神社にもお参りしたかったし。
山を越えて日本海岸を走ると、ガイガーカウンターの数字が0.05μSv/hぐらいだったのが0.19μSv/hに上昇。やっぱり原発銀座の若狭湾沿岸は、ある程度数字が高くなるようだ。「もんじゅ」とか大丈夫だろうか?

前回は天橋立をレンタサイクルで渡ったけど、今度はそんな余裕かまさないで、直接籠神社の駐車場に車を止めた。さすがに参拝客は多く、社殿もきれい。
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ここは摂社の真名井神社とともに、先にお参りした豊受大神社、皇大神社と同じく伊勢に内宮・外宮が移転する直前の社地と言われている。そして写真で見た籠神社は、皇大神社とおなじ黒い菊の御紋がかかっていますが、この日は白い菊の御紋がかかっています。黒と白の違いは何?

お参りした後、社務所で真名井神社の場所を教えていただき、徒歩で向かいます。徒歩10分ぐらい。
こちらは豊受大神をお祀りしている。外宮と同じですね。
神域に入ったらすぐに水が湧き出していて、口に含むと冷たくておいしい。
ここに水を汲みに来る方が多いようです。
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参道の階段を登ります。
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コンパクトな社殿にお参りをし、裏に回るといくつもの巨石が祀られています。
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磐座がいくつもあります。雰囲気があります。(^_^)
ここまでで、元伊勢巡りを終え、京都に戻ることにしました。

途中、亀岡市の出雲大神宮にもう一度お参りして、ほんとに帰りました。。
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前回、出雲大神宮に来たときは、拝殿でお参りしただけだったけれど、背後の山の中に磐座がいくつもあるらしいので、そちらもお参りしました。
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最後の磐座はまわりがすべて禁足地とされており、厳重に立ち入りを禁止されています。中には、四国の剱山で見たような大きな岩が散乱する感じのところもありました。
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京都 2011/08/16 五山送り火

いつもは初日に行く天龍寺に墓参りに行った。親父が、嵐山に墓を立てれば子どもたちが墓参りしてくれるはず…と言って天龍寺に墓を用意したんだが、その通りになってる。(^。^)
お参りの後、門前の商店街で、食事し、店を移って、ほうじ茶パフェを注文した。食事の方は、湯葉あんかけ丼。なかなか美味しかった。
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次も毎年恒例の、堀川通の清明神社へ。家に貼るお札と、車に貼る交通安全シールを購入。
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この日は大文字送り火
前回は嵐山の渡月橋の上で割り込み・押し出しと、満員電車のようなめちゃくちゃな混雑に耐えながら見ていたのを嫌気して、今回は宿泊した都ホテルの屋上から見せてもらうことにした。
さすがに、おばさんたちはそれでも割り込みしたり、無理やり話しかけて、返事を強要したりするのだけど、(大阪のおばちゃんかな) 街中の橋の上のように身の危険を感じるような場面は無し。
そこそこゆったりと、鑑賞することができた。5山の送り火のうち、大文字は横から見るので、大の字には見えません。
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妙法の法の字が見えず、
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鳥居形が見えません。でも、前回は大文字と鳥居形をしっかりと見たのでOK。
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舟形
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左大文字

堪能させてもらいました。

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滋賀 2011/08/15 竹生島

前日深夜出発のつもりだったが、前夜寝不足で運転できる自信がなく、未明3時まで仮眠。5時に出発した。出発した時点ですでに明るくなっています。
まずは、八王子インターから中央高速で出発。お腹空いた空いたと主張する娘のために談合坂サービスエリアで朝食。隣のテーブルではテレビ朝日のキャスターが生中継を始めたんでびっくり。画面に映らないところに10人以上のスタッフが動き回わり、カンペを出しと、あんまり騒々しいのでさらにびっくり。こんな状態でよく普通にしゃべれるものだ。
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うっかりして、財布に中にあまり現金が入ってなかったので、途中のPAやSAのコンビニに寄ってATMで預金を引き出そうとしたが、どこにもATMはなかった。仕方なく、中津川インターで一般道に降りて、通りかかった農協のATMでやっと現金を手にした。これで30分ぐらいはロス。

最初の目的地は、滋賀県、琵琶湖の竹生島。名神高速の米原から北陸自動車道に入って長浜で降ります。
長浜港についたのはお昼の12時。琵琶湖汽船の高速船で、竹生島まで30分もかかります。往復で2,980円。二人だから5000円超えてる。f^_^;)
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湖面は波がなく。ほかの大型船とすれ違わない限り、船は全く揺れません。
島の船着場には他にも船が何隻か泊まっています。船を降りるとすぐに急勾配の階段が始まります。長い階段を登って、最初は宝蔵寺にお参り。
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たくさんの人がお参りしています。本堂はいかにも密教系の建物。雰囲気は浅草の浅草寺のよう。1942年の新築だとか。第2次大戦中だ。
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宝物殿で木彫の弁天様に対面して来ました。
重厚な唐門にびっくりしたが、京都の豊国廟から移築したものだとか。
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つぎは都久夫須麻神社。創建は雄略天皇3年(420年)。がけの上のお堂で、たくさんのカップルがかわらけ投げをしています。目の下に鳥居があり、雷神拝所です。その下は綺麗な水が見えています。
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本殿は安土桃山時代のもので国宝です。びっしりと彫刻などの装飾に覆われていますが、漆の地肌が現れているのか、全体が黒っぽい色彩で、創建当初の様子を思い浮かべるのは難しい状態です。
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おまいりしてみると、御神体が仮殿にお移りになっているとのこと。文化財調査が行われていました。仮殿は神職の修行のお部屋だろうか。建物の1室に大きな鏡が祀ってありました。

昔から、パワースポットとして有名な竹生島は、小さな島のその中のほんの狭い部分に、たくさんの参拝客が訪れ、とっても賑わっていました。

上陸して80分後の戻りの船に乗り、長浜港から京都まで高速道路を使って行きました。この区間はずっと渋滞で、疲れました。

京都の宿は前と同じ都ホテル。前回と違い、今回は日本庭園に臨む部屋。素敵な部屋でした。
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2010年8月27日 (金)

京都 8/21(土)貴船神社,鞍馬寺

貴船神社
いやあ、ひどかった。
叡山電車の貴船口駅を通過した後の細い川沿いの道が、普段見たことのないようなたくさんの歩行者と、キャパシティを超えた乗用車、料亭の送迎バスに路線バス……もう大変。山の中は喧騒のまっただなか。以前来たときは、人影もなく、静かなところだった。
駅から神社の鳥居までは2キロあり、道は車が渋滞して、ギリギリすれ違う状態。すれ違う車の横を人が通ると、危険を避けるために車は止まる。人も車も危険。神社にたどり着いた人たちは、ゆでダコのように赤い顔をして、鳥居のそばで倒れこんでいる。地元の人や、以前来たことのある人は、貴船神社に歩いて行こうという人はあまりいないと思うので、ほとんど遠方から来た人だろう。

駐車場はすべて満杯で、結局奥宮のそばに駐車した。
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奥宮は元々貴船神社の本社があったところで、社殿が水害で失われたため現在地に移転したそう。ここはパワースポットとして知られています。普段は訪れる人もいない静かなところだったんですが、この日は女の子やおばさんたちがいっぱい。そして、そんなにいい雰囲気じゃない。
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拝殿で拝もうと思ったが、行列を作って、順番に一人ひとり”数分”かけて拝んでいる。だれがこんな習慣をつくりだしたんだろ。きっと雑誌かテレビで拝礼の常識として紹介されたんでしょうね。これじゃ1時間かけても10人も礼拝することができない。いままで、あまり神社にお参りに来たことのない人が、こんな風習を守るんだろうな。
行列から離れてうしろの方で参拝していたら、行列に並んでいたおばさんからにらまれた。

こんな情景を伊勢の別宮の一つでも見たことがある。その時は、近所のおじさんが、「みんな同時に拝んでも、神様はちゃんと聞き届けてくれるから、さっさと一緒に拝みなさい」と半分怒りをこめて声をかけていた。だって、この時は行列が100mにもなっていたから。

本宮の方は、どうしたわけか、あの有名な朱色の灯籠のならぶ参道を登る人はあまりおらず、みんな脇道の参道を登っていく。
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参道を上がってみると、広くない境内に、真新しい大きな拝殿が出来ていた。
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境内は参拝客であふれている。そして、拝殿の前にはロープが張られて、参拝客が2列に並んで参拝するようになっている。神前で規制線をはって、参拝客を整列させている神社を見たのは初めてだ。
きっと、最近のパワースポットブームで、テレビなんかに何回も紹介されているんだろうな。罪なことだな。
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拝殿よりもたくさんの人が群がっているのが、水占いの御籤の売り場。長い列を作って、女の子たちがおみくじを買っている。
そのおみくじを浮かべる池は、御籤の糊だかコーティング剤が溶け出して白濁し、ぬらぬらしている。この水が、下のきれいな川に流れ出すんだろうか?………
だいたい水占いなんて、前回来たときはこんなんじゃなかったな。薄い紙を水面に浮かべ、その上に硬貨をのせ、紙の沈む時間で吉凶を占うっていうんじゃなかったっけ?

その、御籤を結び付けてる木、昔の都人が、丑三つ時に人目を偲んで藁人形に五寸釘を打ち込んでた木ですよ……なんて……
この神社は、水の神様のほかに縁結びと縁切り、それに呪詛の神様として有名。みんな知ってるかな?

お参りを終えて渋滞の車中に身を置きながら、神社に参拝する人の姿を見ていたら、突然の大豪雨。人々は一瞬でずぶ濡れになった。私たちは車の中にいて助かった。焦熱の山中で豪雨に会うって、なんと極端なこと。
ここは宮廷が雨乞いをした神社だから、神様からのプレゼントかも。この豪雨はどうしても必要だったんだ。

御香宮に続き残念な神社第2弾だったが、貴船神社は、たとえ現在のように荒れてしまっても、すぐに自身の強力なパワーで、正しい姿にもどられるに違いない。突然の豪雨も、そのあらわれの一つだと思います。
ブームが去ったときに参拝に伺えば、清冽な美しい神社に出会うことが出来るはず。山の気を心ゆくまで感じ取れるはずです。
現在のパワースポットブームも、今の人々にとっては必要なものだろうと思います。

鞍馬寺
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今回はじめてお寺のケーブルカーに乗りました。門を入ったところから坂の途中の多宝塔のところまで登ります。
お寺が経営しているケーブルカーです。子どもの頃から、このケーブルカー乗りたい乗りたいと言い続けてきて、大人になってやっとかないました。片道100円です。

ケーブルカーのおかげで山登りの大半は省略できたんですが、登りはまだあります。あごを出しながら本殿金堂にたどりつきます。
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お堂の前の地面にはサークルが描かれていて、なにやら意味ありげ。ご本尊「尊天」は650万年前に金星から降り立ったという不思議なお寺。牛若丸が修行したお寺としての方が有名か。
こちらもパワースポットだけれど、人出は多くない。

寺内には縁結びや子宝の神として古い歴史を誇る「由岐神社」があるけれど、みんな知らないのかも。
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もとは宮中にあった神社で、とても格式が高いところだ。

これで、今回の予定は終わり。
東山五条から国道一号線に乗って帰途につく。
途中、娘の強い希望で、お好み焼きの店に寄り、その後、栗東インターチェンジから名神高速に乗る。

多賀サービスエリアで「ひこにゃん」グッズ購入に付き合う。
あとは名古屋から中央高速にのり、諏訪サービスエリアで休憩の後、自宅に到着した。
途中、中央高速で、のんびり追い越し車線を走っている車に後ろからパッシングライトをあててどいてもらったら、走行車線に移って抜かされた後、急加速しながら、うんざりするほど追っかけてきた。2回も。頭に来たんだろうな。だけど、いくら追いかけても、追いつけなかったら恥ずかしいよ。高い車に乗ってればいいってもんじゃ無いんだから。中央高速は馬力だけじゃ勝てないんだから。みんな安全に走ろうよ。
追い越し車線はまったり走るところと違うよ。

時間は午前1時ちょうど。6時間ぐらいで帰着した。

今回の旅行はなんか荒れ気味?暑かったせいかな。でも大神神社が救いだった。
それと、都ホテルは素晴らしかった。さすが老舗だけのことはある。だてに長くつづいているわけではないと思った。
東京で感じたけれど、東京の暑さってとってもマイルド。京都の殴られるような暑さは、東京とは次元が違う。

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2010年8月25日 (水)

京都 8/19(木)南禅寺,晴明神社,御香宮,伏見桃山城

19日(木)
朝は暑くならないうちにと、ホテル近所の「南禅寺」に。
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でも10時ごろには十分暑かった。ムチャクチャ暑かった。
歌舞伎『楼門五三桐』で有名な三門に上りました。急な階段を登るのはアゴが出たけど、風が気持ちよかったし、景色も良かった。眼下に緑が美しく、東山がすぐそばに見えます。何十年ぶりに見た景色です。南禅寺には長いこと来ていません。
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観光客はあまりいません。半分以上が白人の観光客です。日本人はおおかたバテてますが、白人たちは男女ともにタンクトップ+短パン+サンダルの超軽装で、力強く闊歩しています。彼らはなんとバイタリティーのあることか。
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山門の次に、本坊の方丈を拝観しました。石庭がとてもきれい。暑さと強い日差しの中、輝いています。裏の庭園の緑も、涼しげに輝いています。強力な日差しの中でも美しく爽やかな庭園に救われます。
狩野派の障壁画がいっぱい見れるのだけれど、暑さのせいで、ちゃんと見ていません。
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ドラマや映画で有名な水路閣では、記念撮影などで家族連れの順番待ちがたいへん。写真を写すのも一苦労。
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晴明神社
お札などを買うために、清明神社にも参りました。
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堀川通りに面した鳥居に五芒星の額がかかっていた。これは新しい。(^v^)
毎回、お参りのたびに建物が建て替わったり、新しいアイテムが増えている神社です。今回は五芒星のデザインの斬新な晴明井を写真に撮ってきました。
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以前は枯れていた井戸を2004年に整備しなおしたものだそうです。このようなオブジェは、昔、境内で見た覚えがないのに、テレビでは歴史ある井戸であるかのように言われていて、おかしいなと思っていました。今回やっとその理由がわかりました。
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天龍寺
毎回、京都に来るたびに親の墓のある嵐山の天龍寺にお参りをします。
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御香宮(ごこうのみや)
娘は、友人との飲み会で大阪へ出かけたので、僕は伏見の御香宮に行きました。
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戊辰戦争の戦跡であり、伏見の七名水の一つとしても有名な神社です。なにしろ、豊臣秀吉や徳川の将軍たち、そして明治新政府と深い関係をもった、時代に強く結びついた神社です。
どんなすごいところかなと思ったら、あまりそれが感じられませんでした。
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南の門から入って、まずは、手水舎。水を柄杓ですくうと生温い水。水盤に、水はどこからも注がれていません。水はよどんで暖かくなっています。これにはがっかり。口をすすぐのも、心配になります。
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拝殿のほうに向かうと、拝殿の前を車が行ったり来たりしています。どうも、境内が月極め駐車場か何かになっているよう。拝殿で礼拝しようと思ったら、その前を自転車に乗ったおばさんや、背広のおじさんが賽銭箱と僕の間をどんどん通り過ぎていきます。そして、神様の前を通るのに一礼する人がいません。参拝者に対する目礼もなし。この神社は、もう人々の崇拝は受けていないよう。残念な神社でした。

伏見桃山城
御香宮の近くの「伏見桃山城」へも行ってみました。といっても、ここは昔、近鉄が作った遊園地だったところ。お城は鉄筋コンクリートで復元した建物で、遊園地を廃業する際に近鉄から京都市に無償で贈与されたそうだ。ほんとのお城は、江戸時代に廃城となり、解体されています。
その遊園地には、子供のときに何回か来たことがあります。
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本当の城跡は、明治天皇陵となっており、立ち入りはできません。

お城のまわりは、京都市の運動施設になっていました。お城の内部は公開していませんが、すぐそばにまで近づけます。

城南宮
夕方の5時になっていたでしょうか。伏見桃山城の次に行ってみました。でも、駐車場はすでに閉鎖されていたのでお参りはあきらめました。

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2010年8月24日 (火)

京都 8/18(水) 天の橋立 熊にも会った

17日(水)の夜 正確には18日の午前1時に家を出発。

八王子インターから中央高速にのり、京都にむかいました。

今回は京都と言っても、まずは「天の橋立」に行きます。
僕は、京都生まれなのに、天橋立には行ったことがありません。

中央高速から名神高速に乗り、米原ジャンクションで北陸道に乗り換え。敦賀で一般道におります。途中、舞鶴若狭自動車道と綾部宮津道路を経由して宮津へ。
中央高速は、東名高速よりましとはいえ、乗用車の走行ルールは悪い。
ハイビームのまま走り通す車や、追い越し車線から降りようとしない車がいっぱい。追い越しをかけられると一生懸命加速して、抜かされないように頑張る車も多い。

18日朝の9時に橋立に到着。

舞鶴若狭自動車道で、熊の親子が道路を横断しているところに出くわした。('_') 親と2頭の子供たち。さっさと渡らない子供たちに「ほら、車が来たじゃないの、早く渡りなさい」と、こちらを見ながら言っている。かなりあせっているよう。(*_*; 距離は結構遠かったんだけどな。
あとで娘に聞いたら、舞鶴市の山の中は熊の密度がとても高いそう。だから熊が人の前に姿を出すことも多いらしい。

それから30分ぐらいで天橋立に到着。
駅近くには、土産物屋さんが集中しています。その中の駐車場に車を預け、喫茶店へ。
モーニングセットをお願いして、腹ごしらえをする。

お店は、大きなガラス窓から天の橋立と回転橋が真横に見える絶好のロケーション。時々、貨物船や観光船を通すために橋が真ん中の橋脚を支点にして回転する。
この景色は、テレビで見たことがある‥と思ったら、やっぱりそうだった。対談番組などで、お店が何回も使われたそう。センスのいい店だった。
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最初は、日本三文殊で有名な「智恩寺」の文殊堂におまいり。
堂内は暗く、ご本尊は厨子の中に安置され、姿は見えない。縁側で昼寝中の年寄り猫と食事中の若い猫にあいさつして次の展望台に向かう。
ここの狛犬はおしりを上げてます。(^-^)
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途中の土産物屋さんでレンタサイクルを借り、展望台へのリフト乗り場へ。
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股のぞきで有名な展望台です。天の橋立の全体像を把握するには、これが最適。天の橋立まで来ても、橋立のそばにいては状況を理解できません。

橋立を隔てて対岸の「籠神社」へ。
天橋立の全長は2.5キロ。往復歩いたら1時間もかかります。
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天橋立に来た理由は、ここにお参りするためです。
伊勢神宮が、今の地に移る前の社地で、今は元伊勢宮と呼ばれています。さすがにきれいに整備されています。というか、駐車場や参道がとても新しかったので、ごく最近整備された感じです。
綺麗な石板を敷き詰められた境内は、遮るもののない強力な照り返しを私たちに浴びせかけています。

こののち福知山市の豊受大神宮へ行こうと思っていたのですが、疲れたのでパス。後日のこととしました。

と、その後すぐに車が故障しました。京都市内に入ってブレーキがガラガラいい始めました。ネットで修理工場を見つけて持ち込むと、ブレーキパッドが限界まで摩耗しているということで即交換とのこと。
数万円の出費ですが、当日夕方までに修理してもらえました。翌日に持ち越さなかったのはラッキー。
でも、豊受大神宮をパスしてはいけなかったのかも。

宿は昔の「都ホテル」。
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今の名前は「ウェスティン都ホテル京都」。110年の歴史を誇る京都を代表するホテルです。(^-^)全館改装済みだけど、今も高級感は十分。何でこんなとこに泊まれたかというと、ネットで掘り出しものを見つけたから。
通された部屋の窓は、ホテルの中庭しか見えません。この部屋が安かった理由はこれだと思います。京都の南禅寺や疎水、金戒光明寺など、美しい景色は見えません。
それでも、部屋は素晴らしく、とても満足でした。
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2010年7月31日 (土)

祇園祭山鉾巡行

17日、この年になって、山鉾巡行をちゃんと見たことがないので、突然京都に行くことにしました。
私も娘も、別々にだけど、宵山、宵々山は見たことがあるのに、肝心の山鉾巡行をちゃんと見たことがありません。私は生まれも育ちも京都だけど、お祭りの人出があんまりすごいので、ずっと避けて来ました。ところがテレビなどで、「いよいよ祇園祭の季節が……」のコメントが流れるようになって、行ってしまいました。今年の山鉾巡行は土曜だし。
今回、金はないし、暇もないので、行き帰り夜行ハイウェイバスで、0泊1日の日程としました。

2人は、仕事終わりに新宿のスバルビル横の歩道で待ち合わせ、夜11時50分発のバスを待ちます。
昔よく乗ったような、JRバスや私鉄バスではありません。ネットで、京都まで3000円ぐらいのバスを見つけてきて、あとの申し込みなどは娘に任せました。
そしたら、娘は往復ともに倍ほどの値段の切符を予約してきました。「こっちでないと足は伸ばせないし、横向けないから体がおかしくなるよ」…「でも、トイレがあるか確かめなかったな~」なんていってる。トイレが付いてないハイウェイバスなんて、(昔は)見たことないから、私は結構安心していました。
新宿駅前の歩道は大きな荷物をかかえた若者たちで大混雑。その中で、たくさんのバス会社のそれも女性係員が、それぞれに声を張り上げて客を案内している。学生のアルバイトだろうか。みんな若い。

私たちも、申し込んだバス会社の係員に、予約の確認に行った。「え、予約はありませんね…… でも、あちらの係員のところに行って待っていてください。」と……非常に不安な状況になっていた。
結局、申し込んだサンシャインバスは満杯で、違うバス会社に振り替えられていたらしい。ちゃんと京都まで運んでもらえたからよかったけど、自分たちはなんというバス会社のなんという便に振り替えられたのか知らなかった。どうも東南アジアの香りがぷんぷんとする。地球温暖化のせいか??僕ぐらいの年頃の、うるさいおじさんおばさんがほとんど利用していないらしいことも、この流儀が通用する理由かもしれない。

バスはドイツのネオプラン社製の2階バス。JRの使ってるのと同じだ。中古かな?
途中、東名高速の静岡あたりで事故渋滞30キロ、通過に数時間かかるという情報が流れ、乗っていたバスは急遽、御殿場で東名高速を降り、山中湖を通って中央道へと転進した。JRバスだったら、べつの高速道路に乗り換えるなんて大胆なことはしないはず。驚きの対応だ。おかげで、2時間弱ぐらいは延着したものの、山鉾巡行を見逃すということにはならなかった。バスの運転手さんのおかげです。

6時半到着予定のバスは8時過ぎに京都駅八条口に到着。朝から強烈な日差しにひるみながらも、もう時間の余裕はないので、すぐに地下鉄に乗って御池駅へ向かう。
地上に出てみると、まだそれほど人は出ていない。日を遮るもののない路上に有料観覧席が用意されている。御池あたりだと先頭の長刀鉾の通過が11時近いはずなので、席についている人はいない。
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私たちは、細い路地などに入り込んで、出発前の山をひやかすことにした。でも、あんまり暑いので六角堂の茶店に上がってお茶をいただき、一息。へそ餅がおいしかった。
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いよいよ、鉾の先頭が四条通をまわって河原町通に入る時間になって、もう一度、御池通に戻る。自分の場所を確保しなきゃいけないから……と思ったら、すでに御池通は人がいっぱい。
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御池通から各山鉾が南に折れる新町通りに入る。まだ道の脇に立つ余裕がありそうなので、場所を確保した。ここもカンカン照りで暑い。めちゃくちゃ暑い。だから空いてたんだろう。狭い道だから目の前30センチのところを山鉾の大きな車輪が通過するという。楽しみ。

30分ぐらい暑い中を待ちつくした後、遥か遠くから小さな音で祇園囃子が聞こえるようになってきます。10分待っても、姿は見えません。だんだん音量を増し、まわりの人たちが時折「ウォー」というどよめきをあげるのを聞いたのち、ゆっくりと長刀鉾がみえてきます。
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鉾の上で演奏されている祇園囃子が、どんどん音量を増し、とうとう目の前、手で触れるところを通過していきます。
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鉾が、目の前を通過していくのは、大迫力…大感激としか言いようがない。シルクロード伝来のタピスリーや、お囃子の前で扇子を差し出して指揮をとるおじさんたちととともに、すばらしいながめ。河原町や御池通だったら20~30m先を通過していく姿を見ることになるのだけど、ここ新町通りなら目の前30センチです。たまりません。
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ここにいれば、これを30回ほども見ることができるんです。けれど、頭の中も日差しで燃えてしまいそうなんで、半分ぐらいみたところで満足して退散しました。

結局、夜行バスが延着したおかげで四条通や河原町通での観覧を諦めたんだけど、それが良かった。最高でした!なにが、こんな見事に仕組んでくれたのか。

あとでムービー持ってくればよかったと、思いました。カメラに動画機能がついてるけど、写真とりながら動画も撮るということ、実際には出来ないから……反省。

山鉾巡行ののちは、もう暑くて暑くて、何する気力もなく、喫茶店で時間をつぶしていました。
夕方は、京都駅のリフレクソロジーの店で足つぼマッサージを受けることにしました。
娘は体中の痛いところがみんな消えた。さいこ~。って大感激だったが、僕は、ちょうど「太古の水」点滴以来治まっていた肩こりや頭痛それに腰の痛みが全部蘇ってきて、ほんと最低。
このちがいは何?首と頭はほとんど寝違えた時のような状態。肩のあたりの悪かったものが一挙に噴出してきた感じ。足のツボ押しだけでこんなことになるなんて、逆に驚いた。

帰りのバスは、京都駅八条口から夜11時55分発、ウィラーエクスプレスの東京駅丸の内口行きバス。韓国製のバスだった。はじめて。で、これが、トイレなしでした。苦労しました。(*^_^*)シートは大きくて快適。

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