木内鶴彦

2009年6月 6日 (土)

四国旅行3日目(土佐神社)

3日目
朝は出発してすぐ東祖谷民俗資料館へ。このあたりは平家が壇ノ浦の戦いに敗れた後、安徳帝とともに隠れたという伝説もある平家落人伝説の地。
Imgp4246

源平の戦いの際の赤旗のレプリカが、資料館に展示されていた。
この近くの栗枝度神社にいけるものと思っていたが、予定に入っていなかったようで、とても残念。

ここからバスはスピードを上げて高知へ向かいます。
土佐神社」参拝です。
Imgp42492

木内さんが臨死体験時に書いたという文字を見に行きます。約500年まえ、土佐神社造営中の大工さんの体に入り、神社幣殿の柱に「つる」の文字を残したというその文字です。
たしかにその文字は見ることが出来ました。(*^_^*)(といっても、写真では大変見えにくい)
Imgp42622

Imgp4293

この神社も黒地の16弁の菊のご紋です。建物のレイアウトは、上方から見ると十字になってます。キリスト教会と同じレイアウトです。十の字のてっぺんに祭壇(神殿)があります。仏教のお寺では、宇治の平等院は平安時代流行した浄土教建築で、やっぱり十字型ですね。現存するのはこれだけだけど、同様の建築はいくつもあったはず。ただし、祭壇(壇)は十の字の交点になっています。宗派にかかわらず、宗教建築で十字型は一般的ですね。
ここで、正式参拝をしました。他の神社と異なり、参拝の間 巫女さんは後ろに控えるのみで、神官お一人ですべてを進行しておられました。

昼食は高知の桂浜。かつおのたたき。食事のあと竜馬の銅像の横を抜けて海岸へ。若い皆さんは波打ち際でキャーキャー言ってはしゃいでる。
Imgp43032

5時ごろ高知空港で解散です。私たちはあと1日高知に残ります。みんなと別れてからは雨が降ったりやんだり。レンタカーを借りて高知の町へ戻ります。
レンタカーはホンダのFit。傷なく、きれい。それにすごく燃費がいい。10年物のレガシーとは大違い。ただNAVIのデータがやたら古い。車がきれいだけど実は相当古いのか、それとも古い車からはずしてきたNAVIの再利用なのか? 町の新しい施設はなんにも載ってない。

車の動きもなんだか癖がある。止まる前、アクセルを戻していくと、途中から急に強く減速する。車体が軽いせいで、エンジンブレーキが強くかかるのか?そして、ハンドルがずいぶん軽く、遊びが少ないので、いい加減なハンドルの扱いをすると、そのまま車が反応する。

夜は通りがかりの「高知ぽかぽか温泉」に入る。色やにおいは無し。街中の大きな看板に導かれて行ってみました。汲み上げた冷泉を沸かしたものだそう(弱アルカリ性高張性冷鉱泉)。露天風呂は建物に囲まれた狭い坪庭に屋根がはってあって、空が見えない。
ちょっと物足りない(^_^;)温泉でした。
脱衣室の体重計で体重計ったら、旅行出発前より3Kgも増えていてショック。いいもの食べ過ぎた!(^_^;)

宿は、はりまや橋の横、西鉄イン高知。ここもネットで予約。安かった。新しくとてもきれいな部屋でした。
テレビをつけると天気予報。なんと!頭の真上に低気圧が……(~_~;)。木内さんは低気圧を置いていったのか……!!翌日のホェールウォッチング、楽しみにしてるのに……

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 3日 (水)

四国旅行2日目-1(剣山登山)

2日目
朝8時半、宿の外に集合。快晴。強い日差し。雨天または嵐のなかの山登りを想像していた私は、雨天装備はしっかりしていたものの、日差しの対策は何もなし。
「帽子持ってくるの忘れたぁ」と騒いでいたら、昨日から案内していただいている粟飯原さんに麦藁帽子を貸していただけました。助かった(^_^;)。

まず、バスで剣神社へ行き参拝。
写真に写ってる人たちはほとんどこのツアーの参加者だと思う。ここで標高1410m。
Imgp4141

ここからリフトに乗って山の中腹「西島駅」へ。
昔、息子をひざの上に乗せてリフトに乗り、リフト恐怖症になった私(T_T)。
まだアカンボだった息子を抱いて高尾山のリフトに乗った時、興奮した息子はひざの上でぴょんぴょん跳ね、わたしの腕から逃れ出ようともがきます。はるか下は目の荒い金属のネットが張ってありますが、赤ん坊ならネットから下に落ちてしまいそう。もう生きた心地がしませんでした。それ以来のリフト恐怖症です。
リフト乗り場には「熊に注意!」の表示。四国にもまだ熊がいるらしい。
Imgp41422

西島駅からは山頂まで歩きです。西島駅の標高は1750m。山頂までの標高差は200m。東京の高尾山を、歩いて上がった場合の半分です。でも高尾山の標高は599m。こちら剣山は2000mにわずか欠ける1955m。高さはぜんぜん違う。

ここからは「木内さんと歩くらくらくコース」と「粟飯原さんと登る修験者コース」に分かれます。
僕は修験者コースに入れてもらいました。山道には花崗岩の砕けた乳白色の石がいっぱい転がっています。関西出身の僕には懐かしい景色。京都あたりだと土も白いけど、ここの土は濃い茶色。いたるところに鹿の食害防止のネットが張ってあります。時々テキサスゲートという、人は通れるけど鹿は足がからんで通れないという門を何回も通過します。
修験者コースとは言ってもスピードはゆっくりなので助かります。ひざが笑うようなことはなかったから。いたるところでヒガラやヤマガラがにぎやかに鳴き騒いでいます。
ウグイスも大変じょうずに鳴いてます。(^・^)

途中、鏡のように磨かれた岩に30cmぐらいの目が線彫りされた岩がありました。昨日にも増して怪しいものがあらわれます。
Imgp41792

修行のための洞窟の中も案内してもらいました。とてもきれいなクリーム色をした、巻貝の中のような、あるいは胎内のような穴です。上からは水のしずくが落ちてきます。小規模な鍾乳洞です。ただし、奥はどこまで続いているかわかりません。

時計がないから所要時間がいまいちわからないけど、頂上にたどり着いたときには「らくらくコース」の皆さんはとっくに弁当を食べ終わってくつろいでいました。
Imgp41872

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 1日 (月)

四国旅行1日目-2(石尾神社~三木家~天の岩戸)

次に「石尾神社
車の行き止まりから鳥居をくぐり、あまり人の通らないような山道を上ります。
Imgp40892

うっそうとした森の中を上がるにつれて、まわりは巨石がごろごろ。朽ちかけたような祠が岩を背負うように建っています。ここも古代の祭祀跡とか。
緑色片岩の板状の石が数十メートル並べたところもあります。「板状列石」との説明。環状列石なら何回か見たことがあるけど……?? 神域を示すものだろうか? それとも神域へ至る道を教えるものか?
Imgp41032

鳥居まで戻り、川沿いの広場で弁当を食べます。
緑の中の弁当はおいしかった。

さらに「三木家」へ
Imgp41232

昔の阿波の忌部家は、天皇が即位のたびに麻の麁服(あらたえ)を織って大嘗祭に納めていたのだそう。南北朝以降中断したものの、大正、昭和、平成には忌部家の直系の三木家がここで栽培された大麻から織った麁服を天皇家に納めることになったと。
この日は、ご当主が不在で、建物を外から拝見するにとどめる。

最後に「天の岩戸」へ
道は、落石や落ちてきた木などが道をふさいでいるので、先頭を走る車に乗ったお兄さんたちが歩いて先導しています。ところどころ道が崩落しているので、スリルいっぱいです。

全国に「天の岩戸」は何箇所かありますけど、ここ四国にもあります。スサノオノミコトの奥さんのアマテラスがこのあたりに住まわれていたときに(ツッコミ禁止(*^_^*)、日食に出会った皆さんが、大騒動された現場とか(^・^)
Imgp41282

もう五時を過ぎています。あたりは深い山林なのですでに薄暗くなってきました。
山道の両側には船石や太陽?、天照像?、猿田彦像などいろいろな石像があります。
Imgp41352

お堂の中には黒い16弁の菊のご紋の提灯が下がっていました。
巨石の上で見せていただいた方位磁石は、磁針がぐるぐる回っていました。

今日歩いたところはそこらじゅうパワースポットだらけ。
すこし動くたびに気の流れが変わるし、あっちでもこっちでも手がびりびりしびれてた。それが当たり前みたいだった。

泊まりは翌日上る剣山のそば、稜線の上に建つ「ラ・フォーレつるぎ山
夜は食事の後、木内さんの特別フォーラム。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月30日 (土)

四国旅行1日目-1(高松空港~五社三門)

今年もフォーラム・ソラのツアーの報告。
今回の目的地は四国は剣山。高松空港集合で翌日剣山登山、3日目に高知に出て土佐神宮参拝という四国縦断旅行です。講師は木内鶴彦さん。
ツアーは6年前にも剣山に登っていて、私は参加していませんが、遠く瀬戸内に行っていたはずの台風がなぜか剣山山頂に戻ってきたという無茶な旅行です。

初日、
今回も、何ヶ月も前にネットで購入した得割キップです。羽田から高松まで一人1万円。安い!
高松空港での集合時刻は朝の9時です。そのために、羽田7時40分発の飛行機に乗ります。
寝てしまうと飛行機に遅刻するに違いないから、夜も寝ずに駆けつけました。
夜が明けぬうちにリムジンバスに乗って空港へ。
飛行機は窓際が客でうまっている程度。B767なので、そこそこ大きい機体だけどガラガラ。

集合場所には知った顔の方が何人もおられますが、いままでのフォーラム・ソラと比べて平均年齢がぐっと下がった感じ。20才代と見える参加者が目立ちます。
それと、男性が増えたよう。

空港からは6台のワゴンタクシーに分乗して出発。小型のバスでも通れないような狭い山道を行くためだとか。(~_~;)

最初は神明神社の「五社三門」。徳島県の穴吹町にある。古代イスラエルやハワイなどの宗教祭祀と同じ形式の非常に古い祭祀という。
Imgp40682

積石で囲われた細長い長辺に五つの祠が並び反対側南の辺に3つの簡素な門がある。
Imgp40752

この祭祀の下に「白人神社」という、なんとも意味深な名前の神社があった。
Imgp40842

今回の旅に時計を忘れてしまった。高度計や気圧計がついていて、方位磁石もつけているので、山に入るときなどはこれほど便利なものはないんだけど、残念。だから、方位とか標高などのデータがとれてません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月21日 (金)

木内鶴彦さん2

また、木内鶴彦さんの掲載記事のお知らせ。

Sundari

Sundari」という白夜書房から出ているムック。vol.05 です。
淡いブルーの表紙で、女性誌コーナーで見つかるはずです。
スピリチュアル系の女性誌です。定価680円

木内さんの記事のタイトルは
「「死」に直面してみえた世界
  臨死体験
  ~過去と未来の旅~」

Sundari2

記事3ページとインタビュー1ページで構成。
この雑誌を見つけた方はぜひ手にとって見てください。
男性には、見つけるのは難しいかも(^.^)

最後に1段+αのスペースで「フォーラム・ソラ」の案内が出ています。
びっくりした(^_^;)

この雑誌、全然知らなかった。でも、女性誌売り場見たら、スピリチュアル系の雑誌って、いくつもあるんですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

沖縄旅行 5日目 3/16(日) 勝連城

朝、ホテルのベランダからの日の出がきれい。

Fuyucamera_670

9時ごろバスで出発です。

浜比嘉島
この日最初の訪問先は浜比嘉島。
テレビや雑誌で何回でも見た事のある、与勝半島から海中道路を通ってさらに橋をひとつ渡って浜比嘉島にいたる。
ここにはアマミキヨの墓所があります。
島のすぐ横に、小さな島として墓所があった。美しい浅い海のなかに、それほど高くない位置に墓の扉がある。

Fuyucamera_674

沖縄の天孫降臨神話の主人公のお墓です。一度久高島に降臨し、沖縄本島に移ったという。そして、その人は九州南部から沖縄に来たのではないかとも言われているアマミキヨです。

Fuyucamera_676


近くの海中には海に取り残された石灰岩の岩が侵食されて面白い形を見せている。

Fuyucamera_689


勝連城跡
与勝半島の西側。中城湾がわに立つ勝連城に行きました。ここは世界遺産! それなりに周辺は整備されておりきれいなところです。

Fuyucamera_704

15世紀、陰謀にはめられたのか、隣の中城城を攻め滅ぼした後、今度は王朝により滅ぼされた。
このあたりのいきさつは、沖縄の人たちには非常にポピュラーな歴史的事象でだれでも知っている事だそう。そして、立場立場で諸説あって、今に至るも新説が出てくるそうだ。

Fuyucamera_709

城の最上層の土中からは、当時地方では所有できないと考えられていた、中国製の染付けなど、高級陶器が大量に出土したとか。このことで勝連城は世界的に有名であったそうだ。

例によって、こちらの城壁は、本土のもののような直線的なものでなく、柔らかなカーブで構成されており、シルエットが美しい。

これが、最上層からの眺望。この中央あたりが一度は攻め滅ぼした中城城跡。かなり近く見える。眼下は中城湾。ここに、中国貿易の船が頻繁に出入りし、沖縄では珍しい城下町が形成されていたとか。

Fuyucamera_714


勝連城跡をはなれ、那覇市内までバスで移動の後、那覇の国際通りで自由行動となった。

首里城跡
私は、娘と首里城へ行く事にした。なにしろ、沖縄に来て首里城見た事がないというと、ちょっとおさまりが悪いので(^_^;)行きました。

モノレール首里駅から100円バスで首里城前へ

Fuyucamera_745

順路をたどって正殿前へ。

Fuyucamera_779

新しいとはいっても、さすが沖縄のシンボル。美しい。
首里は那覇の町からは相当標高が高く、その中でも首里城は尾根の背に構築されている。
眺望も、相当遠くまで見通す事が出来る。
建物の中は博物館のようになっていて、いろいろな展示物があったのだけれど、ゆっくりしている時間はないので通り過ぎた。

帰り、バスの来る時間に間があったのでどうしようかと思ったその前をタクシーが通過。一瞬「乗りたいな」と思って運転手さんの顔を見る…と、タクシーが止まった。ドアも開いた。ほかにはお客さんはいない!?
「えっ!?」沖縄のタクシーは運転手さんと目が合ったら止まるって本当なんだ!!
まさか、運転手さん人の心読んだわけじゃないよね?
駅まで500円!! 安い!

そこから待ち合わせの牧志駅へ

沖縄旅行の前に、沖縄や久高島について書かれた本を何冊か読んできたんだけど、全然頭に入らなかった。
なぜか考えたけど、事前に歴史上の人物の名前はおろか、地名も知らなければ重要な歴史的事件についてもほとんど知識がない。だから、急に何冊かの本を読んでも、それくらいの事では頭に入ってくれなかった。
学校では、沖縄に関することをなんにも教わってこなかったから、当然かも。
これほどまでに、何にも知らなかったというのは、かなりショックだった。

日本にこんなすばらしいところがあるなんて、ほんとに知らなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月20日 (木)

沖縄旅行 4日目 3/15(土) 久高島

日の出 カベール岬
朝の5時20分ぐらいに宿のロビーに集合して、島の最北端のカベール岬に行きました。
参加者22人、1台目ワンボックスカーはカミンチュの真栄田苗さん、2台目軽乗用車を私が運転して2往復で運びます。
島民の住居は島の南端にかたまっているので、宿から北へ向かうと家は1軒もない。
空はだんだん薄明るくなってきており、道の両側は背の高い植物が繁茂している。
一部は、島民の畑が続いている部分もある。

海岸では、空はほとんど明るくなっています。日の出の予想時間は6時35分ごろ。全員が到着したころには、だいたい予想時間になっています。
第2陣が海岸に出たころに日の出が始まりました。

Fuyucamera_539

Fuyucamera_542

Fuyucamera_551

気持ちの良い太陽の光がさしてきます。
さわやかな光に包まれてきます。

ここは琉球の祖神・アマミキヨが降り立った場所。同時に海の神様・竜宮神が鎮まる場所です。

真栄田さんが何か声をかけると小鳥たちが一斉に飛び立ち、かわいい声でさえずりながら上空に舞い上がっていきます。
そして「そこにカメがきましたよ」とおっしゃるので、一所懸命海面を探します。
そのうち、「あっちにもいた」「ほら、ここにも」と、みんなが何頭も見つけるようになって、やっとわたしも見つける事が出来た。

ウミガメが海岸からみつける事ができるなんて想像もしなかったので、もうびっくり!
ほんとにうれしかった。茶色いウミガメが波間の水上に頭と背中を出しながら、泳いでいきます。

ここではアカウミガメとアオウミガメが見られるそうです。
このとき何回かウミガメをみたけど、識別する知識が何もないので、私が見たのはどっちなのかはわかりません(^_^;)。どちらもレッドデータブックに載っている絶滅危惧種です。

Fuyucamera_571

そののち、砂浜にシートをしいて、朝ごはんのおにぎりをいただきました。おいしかった。
このあとも思い思いに海岸を散策し、一部は徒歩で宿に戻った。

Fuyucamera_557

朝の出発まで1時間ほどあったので、部屋の畳の上で一眠り。

休憩の後、今度は車3台で島内めぐりに出発。

うぱーま

浜はサンゴの砕けた、きれいな白い砂。
きれいな水、きれいな空、さわやかな空気……
ほんとになにもかもがきれい。
光があざやか。(※あざやかすぎて、またたくまに肌が真っ黒になってしまった。(^_^;)

Fuyucamera_590

沖合いに波が砕けるところがあり、その先は海底が急に切れ落ちて深海底につながっている。

Fuyucamera_608

こんなに凄いところに、観光客はほとんどいない。

ただ、強く注意された事がひとつ。
絶対に海岸の石を持って帰らないように。
いままで、石を載せて帰ろうとしていた車が、本島で事故を起こして、車が大破した話や、事業に失敗して身一つで石を返しに来た話などを聞かされた。
海岸の石は、ここにいる限りはいつも祈られ、たくさんの日を浴び、風に吹かれているが、どこかへ連れ去られると石たちはふるさとに帰ることを強く願うようになり、結果的に持ち去った人には良くない事が起こる……と。

フボー御嶽
島の真ん中ごろ、少し東側にあります。ここは男子禁制!女子もカミンチュ以外は入れないという。入り口には立ち入り禁止などと書かれていない……というか史跡だという標示すらなかったんじゃないか?
ということで、入り口手前の道から、少しのぞくだけ。

Fuyucamera_612

以前、北海道から九州までの人で構成された団体さんがここに入った事があって、地元ではどうなるだろうと気をもんでいたところ、1ヵ月後に台風が来て九州から本州を縦断して大変な被害を残して行ったとか。
やっぱり、土地の事を知らないよそ者は、久高島では案内人の人をお願いしたほうがいいと思う。じゃないと怖いよ。

いしき浜
ここはひろーい砂浜。

Fuyucamera_635

神々の船がたどり着くところ。ニライカナイの「対岸」だそう。そして、五穀の入った壷が流れ着いたという、稲作の起源の地とのこと。
久高島の聖地としてはカベール岬とフボー御嶽とここの3ヶ所が中心だそう。

ロマンスロード
最後に西海岸へ行きました。
対岸の沖縄本島が近くに見えています。
コバルト色の海がめちゃくちゃきれい。信じられないぐらい!

Fuyucamera_648

ちょうどがけの上から釣り糸をたれている人がいて、大きなウマヅラハギを釣り上げていた。

むかしは、本島との間にクジラやジュゴンの姿が見られたそうですが、今は見られないそう。残念。

久高島はこれで終わり。

神々の島は美しい!  考えられないぐらい美しい!!

真栄田さんからはたくさんのサーターアンダギーをいただいて、沖縄本島に戻り、ホテルに入りました。宿は沖縄市の東京第一ホテル。街中の高台にあり、港が遠くに見られます。部屋は広くゆったりしていました。
夜には、夕食の後、木内さんの特別講座があり、ツアー参加者のお一人であるオペラ歌手の方の独唱も聞かせていただいて、感激でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

沖縄旅行 3日目 3/14(金) 聖地巡礼

団体旅行初日です。
フォーラム・ソラ」主催で木内鶴彦さんが案内してくださるツアーです。
朝8時15分、那覇のホテルのロビーに集合。
朝から雨。まっ、木内さんには雨がつきもの。ちっとも不思議じゃありません。(^.^)
ここからバスに乗ってスタートです。

糸数城跡(いとかずぐすく)

Fuyucamera_442

沖縄本島の最南部近く、南城市にある。A.D.1300年ぐらい 三山時代の城跡です。
城跡というから、本土の「お堀と直線的な石垣の組み合わせ」をどうしても考えてしまうけれども、全然イメージが違う。

Fuyucamera_427

Fuyucamera_433

地山の起伏にあわせて、城壁が万里の長城のようにうねりながら山の頂上部を取り巻いている。城壁の形はヨーロッパのように、平面的に凹凸を組み合わせて防御力を強化しているように見える。日本ではごく近世になってからの五稜郭や臼田城に採用されているような形だ。これは中国伝来の技術なのだろうか?

城壁の中は、天守閣などがあったのでなく、城主の家族が住む館があった程度とか。

案内の方によると、館はかなり質素なものだったはずとのことだった。

玉城城跡(たまぐすくじょうせき)

Fuyucamera_453

同じ南城市、糸数城跡から近くにある。
拝所のある城の上層へは、ザイルがセットされた急な斜面を上り、円形の岩壁の穴をくぐりぬけて上がる。この日は雨のため、そうとう足場が悪い。

Fuyucamera_446

ここは、三山が統一されてから後も、琉球王朝の王が2年に一度は参拝した重要な聖地だ。
聖地というと、どうしても本土のイメージで見てしまうが、こちらの聖地は自然の中に溶け込んでいて、私たちには簡単に見過ごしてしまうようなところだ。
自然の中に、沖縄の人たちは祈りをささげています。
私たちには、かろうじて石やコンクリートで作られた香炉と、その周辺に散らばるお線香、紙切れなどで、それが祈りの場所だと知れるのみ。周囲は、緑に囲まれ、飲み込まれそうになっています。
この玉城城跡は、多くある拝所のなかでも特に神聖なものであるそうな。

Fuyucamera_445

この時点で頭の中は大幅に消化不良。
本土の聖地は、たいていかなりわかりやすい様式をもっているので、見つけやすいし、知らずにそれを侵すようなこともない。こっちじゃ、なんにもわからないまんま、聖地に踏み込みかねない。なんか怖い。これが異文化ってもんですね。

カフェくるくま
昼食です。アジアン・ハーブ・レストラン (^.^)/
ここはガイドブックにも紹介がありました。あんまりわかりやすいところにあるわけじゃないのですが、かなりにぎわってます。
庭からは、あまり天気が良くないものの、遠くかすかに久高島が見えています。
天気のいい日には、すばらしい景色が見えるものと思われます。

受水走水(うきんじゅはいんじゅ)

Fuyucamera_460

同じく南城市、海岸近くの傾斜地。
農地と山との境にたくさんの清水が湧き出しているところがある。
昔、ここで湧き出した水を水田に引いて、取れた稲は首里城に収められていたそう。
いま、それが復活しているそうだ。
沖縄本島での稲作発祥の地と言われる聖地。

浜川御嶽(はまがわうたき)

Fuyucamera_462

受水走水から歩いて数分。うっそうと木々が茂る中に入っていくと拝所がある。
島の始祖 アマミキヨの仮住まいの跡とか。

Fuyucamera_468

横から海岸に出ることができて、その海中にも碑が立っている。
ここも、参拝の場所のようだ。

Fuyucamera_471


藪薩御嶽(やぶさつうたき)

Fuyucamera_481

森の中に拝所があった。踏み分け道の交差点に香炉などが置いてある。
これが、拝所の基本形だそうだ。
女性だけで森の中に入っていって、儀式を行うのだそうだ。

斎場御嶽(せいふぁーうたき)

Fuyucamera_499

ここだけは名前を知ってた。(^.^)V
きれいな駐車場があり、入場券売り場がある。途中の参道(?)は石畳で整備されている。
昔は男子禁制だったという拝所に行く。ここだけは写真を何度も見た事があるから知ってる。(^.^)

Fuyucamera_514

おまけに岩の割れ目のところを突き抜けて左を向くと視界が開ける。そちらを見ると久高島が見えるという。

Fuyucamera_526

今日のまわったところはみな久高島に関係があるような。

久高島へ
斎場御嶽から近い安座真港でバスを降りる。
ここから高速船で久高島に渡ります。時間にして15分ぐらい。

久高島は沖縄本島の最南端から南西の方角、大陸棚の終わるところ、海溝まぎわに位置しています。

Fuyucamera_534

船に乗り込んで船尾から海を眺めていると、顔は怖いけどやさしそうなおじさんが、「どこからきた?」とかいろいろ話しかけてきます。透明な海の下のほうに見えている熱帯魚?のことなんか話していたあとで、おじさんはどっか行ってしまいました。
つぎは、もっと年かさのおじさんだかおじいさんがまた話しかけてきます。
船のエンジンがかかり、船体が動き始めたのだが、ロープがまだつないだまま……だれかはずさなきゃ……乗客がはずすのかな?? と思って見てたら、そのおじいさんがはずしました。
なんだ(^.^)、たのしそうに油売ってたけど、船員さんだったんだ。
そのあと、船室をのぞいてみると、あれ、あの怖い顔のおじさんが操縦してる。
あのおじさんは船長さんだったのか!

久高島の港に着き、宿の久高島交流館まで車で送っていただく。
ラッキーな事に、このとき車で送っていただいたのが、なんとカミンチュ(神人)の真栄田苗さん。
僕が車の中でコホケホと咳をしていたら、「治るように祈りましょう」と言っていただいた。
いきなり島での最初の出会いがカミンチュで、その人に「祈りましょう」とまで言われてしまって、とってもうれしかった。

夕食は島の「とくじんレストラン」
ここで出される食事はどれもみんなおいしかった。
島や、本島で取れた食材ばかりをつかった健康食です。
食事といっても、みんな酒が入って、しっかり飲み会になってしまっていましたが、ここでも木内さんと真栄田さんと同席させていただく事になり、かさねてラッキーでした。

久高島の土地共有制度など、いろいろ学ばせていただきました。今の日本において、土地の私有制度がなく、農産物や漁業の産品をみんなで分かち合う社会が遥か古代から成立し続けているとのこと。神はよくぞこのような社会を残してくれたものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2008年3月 9日 (日)

木内鶴彦さん

2月16日にここで「炭素化炉」の記事を書いた木内鶴彦さんが、月刊誌「ムー」(^_^;)4月号で登場してます。
臨死体験から超能力に関する記事です。気になる方は買って読んでください。
「ムー」っていう雑誌は普通はあまり手に取ろうとは思わない雑誌なんですけど、今回は買ってきました。coldsweats01

Mu1

Mu2

この方、20年ほど前には、当時私が住んでいた多摩ニュータウンで、子どもや大人を対象に「自然の学校」を主催しておられ、私たち家族はそれに参加しておりました。

毎月、著名な自然を研究・観察している研究者や指導者を呼んでこられて、NHKで活躍しておられる坪郷アナウンサーとともに自然の大切さを伝えておられました。
当時は、木内さんは次々と彗星を発見しているころで、しょっちゅう新聞などのマスコミに露出しており、「自然の学校」にも、テレビカメラなど取材が毎回のように入っていました。時々、アメリカで国際会議があって、話をしてきたなどともいっておられました。将来、地球に衝突するといわれた、木内さんの再発見したスゥイフト・タットル・キウチ彗星についての会議が行われ、彗星の軌道を変更する方法が話し合われていたのもこの頃だと思います。

多摩ニュータウンでの「自然の学校」は当初の予定通りということで7年ぐらいで終わりましたが、木内さんはさらに各地での自然保護に関する講演活動をパワーアップしておられ、各地に出かけておられました。そんなわけで、年に一回くらいは木内さんが登場されそうなスターウォッチング関係の催しに出かけて。その後もお会いしていました。
木内さんは、自然環境が危ない……と訴えられている姿がさらに目立ってきました。

木内さんが、このように一所懸命自然の危機を訴えられるようになった元が、ここの記事にあるような「臨死体験」にあったとは、そのころはちっとも知りませんでした。snail

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月16日 (土)

炭素化炉の特許 認可

彗星捜索家、木内鶴彦さんの講演を聴いてきました。

今日の話題は、つい先日認可の下りた木内先生の特許について。

先生が数年前に特許申請していた「炭素化炉システム」についての特許です。

この「炭素化炉」、ちょっとものすごいものです。

木内さんは天文家であるだけに、その発明品は天文用具の発展したものというか、反射望遠鏡そのものです。この場合、天体望遠鏡を使用する目的が天体観測ではないのです。
廃棄物処理のために天体望遠鏡を流用したシステムの発明です。

廃棄物は透明な容器の中に収め真空にしておきます。
巨大な反射望遠鏡を太陽に向け、入射光の焦点に廃棄物を置きます。
それで、廃棄物の処理は終わります。

処理後に残る物質は、純粋な炭素、水素など、ペットボトル等石油化学製品はナフサに、などに分解されてしまい、二酸化炭素などの排ガス・有毒物質の心配は一切無しとのこと。
太陽光を利用しているので燃料費は無料。ダイオキシン等の処理もできるし、理論上は核廃棄物の処理も可能……と。
※核廃棄物の処理は、まだテストを実行していないとのこと。

いままで問題になっていた、ごみ処理施設から発生するダイオキシンの問題や、核廃棄物の処理、その他もろもろの毒性物質(毒ガス兵器も含む!)の処理など、すべて解決する上に、有害排出ガス・有害生成物もないという革命的なもの。

ここで生成する純度の高い炭素や水素は、そのまま産業用に利用が可能。
炭素は大変価値の高いものだし、水素も水素自動車に供給するなど、いろいろな活用法が期待できる。

水素を利用した燃料電池により、あるいは太陽熱そのものによって発電することも可能。いずれも無公害です。その電力は同じくここで生成する高純度の炭素を使った電池に充電することで、家庭電力を電灯線に代替して使用することもできます。この電池を自動車などで使用するなら、ガソリンの使用量を削減できます。

ナフサは再利用して石油化学製品の製造原料にまわせば、その分の石油の採掘量がが削減されます。つまり、石油化学製品が本当にリサイクルできることになります。

高温で処理することで多くの毒物の無毒化するなどを目的としたプラズマ炉が開発中だが、こちらは炉の耐久性の問題で数年毎に炉の作り直しが必要なほか、専属の発電所が必要なほどの電力を消費するとかで、構築・維持ともに莫大な税金の投入が必要になる。
そういう意味でも、「炭素化炉」は環境を守る廃棄物処理として画期的なものになりそうだ。

地方自治体や外国政府・自治体がすでに導入を検討中とのこと。このシステムを海外への販売することが出来れば、究極のエコビジネスになると思う。このシステムの将来を期待したい。happy01

※お願い※------------------2008年7月27日追記

この記事のコピーをブログに掲載される方が増えております。もし、コピーを掲載されるときは、この記事をコピーしたものであることをブログに明記されることをお願いいたします。

よろしくお願いいたします。

-------------------------------------------

| | コメント (7) | トラックバック (1)

より以前の記事一覧