スピリチュアル

2009年12月19日 (土)

東京パワースポット巡り

フォーラム・ソラの例会で、浅草寺・待乳山聖天・東京タワー下をめぐりました。
引率は小林世征さん。テレビなどでよく出演してられる占い師さん?霊能力者と言った方がいいのかな?

集合場所は雷門の向かいの歩道。ほんとは浅草観光文化センターで待ち合わせのはずが、建物が無くなってしまっていました!取り壊し中だったんです。
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浅草寺・本堂
メンバーが集まり、雷門から混雑する参道を本堂まで歩く。参道では外国人向けの変な土産物がいっぱい。大声の外国語の会話がこれでもか…と耳に入ってくる。
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あらら、巨大な本堂は工事中で龍の絵の幕が張られているの。
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本堂の中、賽銭箱の前はラッシュアワーの通勤電車なみ。そのあたりがパワースポット?といっても僕には感じられません。
この賽銭箱手前上方の天井に龍の絵です。(^_^;) 写真では絵柄を見ることができますが、目で見ても、暗いのでよく見えません。
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次の目的地への途中、東京スカイツリーが見えていました。記念に写真を撮っておきました。
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浅草寺から西方、待乳山聖天(まつちやましょうてん)に向かいました。
お寺の名前は待乳山本龍院。浅草寺の支院だそうです。
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このお寺は、階段に足をかけるとすぐ気が変わるのがわかります。神社の鳥居をくぐった時のような、涼しい風が吹き出すような感じです。
階段を上がってすぐの観音石像「出世観音」の前に立つと、今度は頭がくらくらするような暖かい強い気が来ます。
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本堂は、さらに階段をのぼった上に立っています。まるで神社のような建物です。正面には鰐口が下がっていて、綱を握って鳴らすことができるようにもなっています。
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ご朱印ももらってきました。
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聖天さんのお参りのあと、隅田川の水上バスに乗って、浜離宮まで参ります。
写真は途中で見えた東京タワー。
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浜離宮は天気はいいものの、前日の雨のせいで足元はぬかるんでいます。散策する人も多く、とくに東京湾に面したベンチに座り、くつろぐ人がたくさんいます。
園内にはいくつもの池があり、ところどころ小山が配されています。その小山の一つがパワースポットだそう。だけど、僕にはよくわかりません。ちゃんと場所を教えていただいたのですけれど。
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そののち、藤棚のところ、藤の木を指さして、ここもパワースポットだと教えられた。強い涼しい気が流れてくる。この木だけじゃなくて、藤棚の下一帯から気が溢れ出している。藤棚全体がパワースポットのようだ。この庭園にはいたるところパワースポットがあるらしい。
美しい日本庭園の背景に電通だとかの高層ビルがボンボンたってるのはとっても違和感があって、面白い?
変かも。
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ここからタクシーに分乗して東京タワーへ。
東京タワーの下、公園に強力なスポットが有るそう。
到着したときはもう日が落ちて暗くなっていました。そこでは、斜面でかつ狭い濡れた道の突き当たりにその場所がある。順番に入れ替わってお参りをします。
これも、僕にはあまり感じられなかった。お酒と卵をお供えする。

これは、となりの(^_^;)増上寺と東京タワー^_^;
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いままで「ここがパワースポットです」なんて案内していただいたことがあまりないので、自分の感じ方が人と比べてどうかということをあまり考えてこなかったんですが、だいぶ個人差があるようですね。

おもしろい遠足でした。

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2009年6月 1日 (月)

四国旅行1日目-2(石尾神社~三木家~天の岩戸)

次に「石尾神社
車の行き止まりから鳥居をくぐり、あまり人の通らないような山道を上ります。
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うっそうとした森の中を上がるにつれて、まわりは巨石がごろごろ。朽ちかけたような祠が岩を背負うように建っています。ここも古代の祭祀跡とか。
緑色片岩の板状の石が数十メートル並べたところもあります。「板状列石」との説明。環状列石なら何回か見たことがあるけど……?? 神域を示すものだろうか? それとも神域へ至る道を教えるものか?
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鳥居まで戻り、川沿いの広場で弁当を食べます。
緑の中の弁当はおいしかった。

さらに「三木家」へ
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昔の阿波の忌部家は、天皇が即位のたびに麻の麁服(あらたえ)を織って大嘗祭に納めていたのだそう。南北朝以降中断したものの、大正、昭和、平成には忌部家の直系の三木家がここで栽培された大麻から織った麁服を天皇家に納めることになったと。
この日は、ご当主が不在で、建物を外から拝見するにとどめる。

最後に「天の岩戸」へ
道は、落石や落ちてきた木などが道をふさいでいるので、先頭を走る車に乗ったお兄さんたちが歩いて先導しています。ところどころ道が崩落しているので、スリルいっぱいです。

全国に「天の岩戸」は何箇所かありますけど、ここ四国にもあります。スサノオノミコトの奥さんのアマテラスがこのあたりに住まわれていたときに(ツッコミ禁止(*^_^*)、日食に出会った皆さんが、大騒動された現場とか(^・^)
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もう五時を過ぎています。あたりは深い山林なのですでに薄暗くなってきました。
山道の両側には船石や太陽?、天照像?、猿田彦像などいろいろな石像があります。
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お堂の中には黒い16弁の菊のご紋の提灯が下がっていました。
巨石の上で見せていただいた方位磁石は、磁針がぐるぐる回っていました。

今日歩いたところはそこらじゅうパワースポットだらけ。
すこし動くたびに気の流れが変わるし、あっちでもこっちでも手がびりびりしびれてた。それが当たり前みたいだった。

泊まりは翌日上る剣山のそば、稜線の上に建つ「ラ・フォーレつるぎ山
夜は食事の後、木内さんの特別フォーラム。

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2009年5月30日 (土)

四国旅行1日目-1(高松空港~五社三門)

今年もフォーラム・ソラのツアーの報告。
今回の目的地は四国は剣山。高松空港集合で翌日剣山登山、3日目に高知に出て土佐神宮参拝という四国縦断旅行です。講師は木内鶴彦さん。
ツアーは6年前にも剣山に登っていて、私は参加していませんが、遠く瀬戸内に行っていたはずの台風がなぜか剣山山頂に戻ってきたという無茶な旅行です。

初日、
今回も、何ヶ月も前にネットで購入した得割キップです。羽田から高松まで一人1万円。安い!
高松空港での集合時刻は朝の9時です。そのために、羽田7時40分発の飛行機に乗ります。
寝てしまうと飛行機に遅刻するに違いないから、夜も寝ずに駆けつけました。
夜が明けぬうちにリムジンバスに乗って空港へ。
飛行機は窓際が客でうまっている程度。B767なので、そこそこ大きい機体だけどガラガラ。

集合場所には知った顔の方が何人もおられますが、いままでのフォーラム・ソラと比べて平均年齢がぐっと下がった感じ。20才代と見える参加者が目立ちます。
それと、男性が増えたよう。

空港からは6台のワゴンタクシーに分乗して出発。小型のバスでも通れないような狭い山道を行くためだとか。(~_~;)

最初は神明神社の「五社三門」。徳島県の穴吹町にある。古代イスラエルやハワイなどの宗教祭祀と同じ形式の非常に古い祭祀という。
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積石で囲われた細長い長辺に五つの祠が並び反対側南の辺に3つの簡素な門がある。
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この祭祀の下に「白人神社」という、なんとも意味深な名前の神社があった。
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今回の旅に時計を忘れてしまった。高度計や気圧計がついていて、方位磁石もつけているので、山に入るときなどはこれほど便利なものはないんだけど、残念。だから、方位とか標高などのデータがとれてません。

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2008年3月21日 (金)

木内鶴彦さん2

また、木内鶴彦さんの掲載記事のお知らせ。

Sundari

Sundari」という白夜書房から出ているムック。vol.05 です。
淡いブルーの表紙で、女性誌コーナーで見つかるはずです。
スピリチュアル系の女性誌です。定価680円

木内さんの記事のタイトルは
「「死」に直面してみえた世界
  臨死体験
  ~過去と未来の旅~」

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記事3ページとインタビュー1ページで構成。
この雑誌を見つけた方はぜひ手にとって見てください。
男性には、見つけるのは難しいかも(^.^)

最後に1段+αのスペースで「フォーラム・ソラ」の案内が出ています。
びっくりした(^_^;)

この雑誌、全然知らなかった。でも、女性誌売り場見たら、スピリチュアル系の雑誌って、いくつもあるんですね。

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2008年3月 9日 (日)

木内鶴彦さん

2月16日にここで「炭素化炉」の記事を書いた木内鶴彦さんが、月刊誌「ムー」(^_^;)4月号で登場してます。
臨死体験から超能力に関する記事です。気になる方は買って読んでください。
「ムー」っていう雑誌は普通はあまり手に取ろうとは思わない雑誌なんですけど、今回は買ってきました。coldsweats01

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Mu2

この方、20年ほど前には、当時私が住んでいた多摩ニュータウンで、子どもや大人を対象に「自然の学校」を主催しておられ、私たち家族はそれに参加しておりました。

毎月、著名な自然を研究・観察している研究者や指導者を呼んでこられて、NHKで活躍しておられる坪郷アナウンサーとともに自然の大切さを伝えておられました。
当時は、木内さんは次々と彗星を発見しているころで、しょっちゅう新聞などのマスコミに露出しており、「自然の学校」にも、テレビカメラなど取材が毎回のように入っていました。時々、アメリカで国際会議があって、話をしてきたなどともいっておられました。将来、地球に衝突するといわれた、木内さんの再発見したスゥイフト・タットル・キウチ彗星についての会議が行われ、彗星の軌道を変更する方法が話し合われていたのもこの頃だと思います。

多摩ニュータウンでの「自然の学校」は当初の予定通りということで7年ぐらいで終わりましたが、木内さんはさらに各地での自然保護に関する講演活動をパワーアップしておられ、各地に出かけておられました。そんなわけで、年に一回くらいは木内さんが登場されそうなスターウォッチング関係の催しに出かけて。その後もお会いしていました。
木内さんは、自然環境が危ない……と訴えられている姿がさらに目立ってきました。

木内さんが、このように一所懸命自然の危機を訴えられるようになった元が、ここの記事にあるような「臨死体験」にあったとは、そのころはちっとも知りませんでした。snail

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