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2015年10月

2015年10月20日 (火)

トルコ旅行(8)グランドバザール_2015/09/29-30

9/29(火)
今朝もネコの接待サービスはなし。トルコの旅はこの日で終わり。
朝からグランドバザールに行きます。アヤソフィアのすぐ近所。
宿から近くまでは専用のバスですが、後10分程は徒歩です。
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グランドバザール
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もともと1時間の予定だったはずのグランドバザール散策は30分に変更になっています。30分では広大なバザールをゆっくり見て回ることなんてできるわけありません。
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このあと、革のジャケットのお店によるために時間を削ったのだが……ぶつぶつ。(一一")

バザールは、いかにもトルコに来たんだなと思わせてくれる、とっても雰囲気のいい場所。午前中だったからか、そんなに混んでもいない。店のおじさんたちも一生懸命日本語で話しかけてくる。愛嬌たっぷり。東南アジアと違って「ニイハオ」って声かける人もいるし、アジア人をいまいち見分けはできていない様子。
たぶん一声かけてその反応でどこから来た客かを見極めているんだろうな。

この日、娘は、機中泊だからとすっぴんで外出したのだが、やたらとお兄さんやおじさんに声をかけられてご機嫌だった。お菓子屋さんではうちの息子の嫁に来てくれなんていわれていた。
化粧しないほうがもてるんじゃない?

このあと駆け足で空港に戻り、免税店や売店による暇もなく飛行機に乗せられてしまった。お土産とかも買えなかったし、通貨の両替もできなかった。ブツブツ

空港に向かう道中で、イスタンブールの空に大きな虹が出ていました。

成田に向けて飛び立つ。飛行機は来たときと同じ機種。席も同じ、景色も何にも見えない。機中泊です。
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9/30(水)
機中。お隣さんは大股開いて、ひじがぼかぼか僕のわき腹にあたるので、寝ることもできず、地獄のよう。そのおじさんは、酒をどんどんおかわりしてご機嫌さん。
足を怪我していたこともあって、12時間の狭い椅子はつらすぎた。

成田着は朝7時半過ぎなんだけど、到着時には疲労困憊。空港でうどんを食べて、返すものは返して。マッサージしようと思ったらお店がえらく混んでたのであきらめて、……(´・ω・`)、さっさとリムジンバスにのって帰りました。
家に帰ってから整形外科に行って足の怪我を見てもらいました。傷口がはれていたんで消毒して、抗生物質を塗ってもらいました。

飛行機はつらかった。

子どものころ、食べ物なんて腹がふくれればいいと思ってたけど、最近はおいしいものも食べたいなと思うようになってきた。でも、今回のツアーは食べ物がとても貧弱でした。いわゆるパック旅行はこれで2回目。前回は韓国プサン。このときも食べ物は最低。今回よりもひどかった。そのときと今回は同じ旅行会社の主催。まあ…… しょうがないよね。安いから。(´・ω・`)
町には、食事がおいしそうなところがいっぱいあって、自由に食事したかった。残念

トルコの観光地をめぐる中で、頭が重くなることが何回もあったけれど、イスラムのモスクではそのようなことがなく、どちらかというとキリスト教系の施設がきつかった。どう解釈したらいいのだろう。王宮にもキリスト教の施設が併設されていたようで、何らかの強力な宗教拠点だったのかもしれない。ここのキリスト教は現在ではギリシャ正教なわけだけれど、何年か前に訪れた同じギリシャ正教の函館のハリストス正教会ではすばらしく幸せな気持ちになることができたのだった……。ヨーロッパのカトリックやプロテスタントの教会ではどうなんだろうか?

トルコはイケメンがいっぱいって言うけど、女性も美人さんがいっぱい。ただし、男性はめちゃくちゃ愛想がいいけど、女性はそうでもない。イスラム教の影響なんだろうか。それより何より、子どもたちのかわいさはもうなんとも言いがたい。中年のおじさんだって愛嬌があるから、とても親しみやすい。とっても気持ちのいい国だった。

イスタンブールの町はいたるところが遺跡で、どこを切り取っても美しい。ヨーロッパのようで、中東のようで…きれいな街です。

今回の旅行で、おおまかに、ギリシャ美術とイスラム芸術、そしてキリスト教美術それぞれを見ることができた。それぞれがかなり異なる形式をもっていてお互いにあまり影響し合っていないのが実に不思議でした。たとえば写実的でかつ人間の美しさの極致を表現したギリシャ芸術が栄えた後で、写実を徹底的に排除した、洗練された抽象芸術を中心としたイスラム世界となり、次に芸術の形式に数々の制限を加えたキリスト教美術が繁栄する。なにか順番が違うんじゃないかというか……しっくりこない印象が残った。それぞれの芸術、宗教は、お互いに異なる人種、宗教によって支えられたのであろうことは想像できるのだが。

町のトルコ語表示は、ほとんどローマ字読みで通用してしまうので楽です。

成田空港に店を出している銀行の交換レートはひどかった!暴利だよ。イスタンブールで交換して来ればよかった。レートが倍近く違うんじゃないか。今後トルコに行く方は、両替はトルコの空港がお勧めです。

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トルコ旅行(7)ブルーモスク・アヤソフィア_2015/09/28

9/28(月)
朝の5時半。窓から皆既月食の月が見えていました。その時は皆既中の月で、地球照のせいで赤暗く見えていました。
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日本では昼間にあたるので見られません。帰ったら自慢してやろう。でも写真はボケボケだった。300mmレンズの手持ち撮影。こんなのが空に見えていました。

このホテルには、朝も猫はいませんでした

朝はチェックアウトのときに、飲んでもいない飲み物の料金を請求され、年かさのホテルマンが割って入るまで、人の飲み代を払えと迫られ続けた。ムカムカ。(一一")

7時ごろロビー集合で、イスタンブルへ向けて出発です。イスタンブルの街が大渋滞しているかもしれないというので、思いっきり早く出発。イスタンブルではブルーモスク、アヤソフィア、トプカプ宮殿を訪問します。
これらはみな互いに徒歩圏内にあるので、近所に到着してしまえばあとは渋滞関係なしです。
でもぜんぜん渋滞はありませんでした。
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ブルーモスク
オスマン帝国時代17世紀の建物
外観は、アヤソフィアよりも美しく思える。曲線の組み合わせは神秘的でさえある。
青い装飾タイルが美しいことから外国人の間でブルーモスクと呼ばれるようになったそう。ほんとの名前はスルタンアフメト・モスク。オスマン帝国の第14代スルタン アフメト1世が建てたモスクです。
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アヤソフィアの近く。二つの建物の間には猫や犬がのびのびとくつろいでいました。
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<ルコのカラスは肩がグレー>

アヤソフィア
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東ローマ帝国時代に正統派キリスト教の大聖堂としての建設された。最初の聖堂は360年の完成。そののち404年と532年の2度の焼失を経て、東ローマ帝国ユスティニアヌス王朝の第2代皇帝ユスティニアヌス帝により537年に完成した。
13世紀にラテン帝国の支配にあったころカトリックの影響下にあったが、1261年にイスラム教に奪還され1453年からはモスクとされた。
そののちは荒廃しては改修することを繰り返し、1935年に初代大統領アタテュルクによって博物館として公開されることになった。現在は宗教施設として使用することが禁じられている。
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<聖母子>
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<キリストと皇帝>
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<聖母子と12世紀の皇帝ヨハネス2世コムネノス夫妻>
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<デイシス>ビザンティン美術の最高傑作と言われる
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内陣で工事の足場が組まれていて、若干ぶち壊しなのだけれど、千数百年もの間、修復を繰り返しながらこの建築が現代に残されてきたことを思うと、やむを得ないことですね。

トプカプ宮殿
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すでにトルコは王制ではないので、もう使われていませんが、いまもトルコ兵が小銃を構えて警備しています。ぼくはカッパドキアで経験したように、ここでも頭と体に強烈な重さを感じてしまいました。それで宮殿のカフェテラスで時間をつぶすことにしました。なので、王宮はほとんど見学してません。巨大ダイヤモンドや甲冑なども展示され、キリスト教の聖堂もあったそうですが、何にも見ていません。おまけに中国人のお姉さんが振り回してた自撮り棒が、カツーンと私の額にヒットして、ただでさえ絶不調の頭はますます混迷の度を深めたのでした。そのお姉さんは脱兎のごとく逃げました。(+_+)

海に面したカフェテラスは、通行する船舶をたくさん見ることができ、気持ちのいいところです。
レストランはとてもおいしそうな料理が並んでいました。ツアーでなければここで食事したかった。
門を出ると再び頭と体は普通どおりに戻りました。夕方には大量のカラスが集まり、黄緑のインコも群れ飛んでいます。
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イスタンブル
宿泊は郊外の高層ホテル。アンカラで泊まったホテルと同じ名前 SURMELI ISTANBUL。
ホテル到着時にはものすごい豪雨で、ホテル前の道路は濁流が渦巻いていました。
宿を出て食事だとかありえない状態。外で買って来た、ぱさぱさの鯖サンドを娘と二人で食べました。

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2015年10月18日 (日)

トルコ旅行(6)カッパドキア気球ツアー・ギョレメ野外博物館_2015/09/27

9/27(日)
集合は朝4時40分。気球会社のおじさんがピックアップに来て人数確認もせずに事務所に連れて行った。

熱気球搭乗
すぐにお金を支払った。「支払いは円でOK、つり銭も出ます」と聞いていたけど、事務所には円は用意されていず、200円のおつりが帰ってこなかった。ブー(´・ω・`)
事務所で待たされている間に、いろんな人種のお客が集まってきた。
休憩所にはコーヒーやパンなどが用意されており、用意が整うのをのんびり待ちます。
しばらくして、気球ごとにバスに乗せられて、気球と一緒に草原に連れて行かれた。気球ひとつに客十数名が搭乗。
気球の操縦士もイケメンで、娘の目はハートです。
3次元の旅は、ほんとにすばらしい。わくわくします。
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気球が浮き上がる前から、暗い現場に轟音がとどろいています。バーナー全開で熱風を気球に送り込み、その時のあかりで気球が輝きます。ひろい平原の中から、光る気球がつぎつぎ浮き上がっていきます。この景色を見るためだけにトルコに来てもいいかもしれません。
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日の出前から浮かび上がる気球。日の出とともに朝日に照らされた、奇岩の美しさ。広い空の色とりどりの気球たち。ほんとうに美しかった。
ひとり2万5千円くらいかかるんだけど、そんなぐらいなんでもないという気になった。
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気球は地上に用意された、トラックの荷台にピンポイントでズボッと降下し、1時間半の空の旅は終わり。パイロットの腕前は尋常じゃない。

朝食
熱気球から帰ってのち、ホテルのテラスのレストランで朝食をとった。テーブルのまわりをかわいい猫たちが遊んでいて、とてもなごんだ。
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<ホテル中庭>
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ギョレメ野外博物館
刺すような強い日差し。特徴的な岩石地帯の地下に、たくさんのキリスト教会と修道院、僧の住居があり、そこが野外博物館として公開されている。
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ところが、そこは強烈な想念が渦巻いているようで、体も頭も重くて重くて、歩くだけでせいいっぱい。みんなが岩の教会の見学に行ったけど、僕はしばらく道端で休んだ後、ゲートから外に出た。ミュージアムショップのカフェでジュースを飲んで時間をつぶすうち、体も頭も軽くなって生き返った。どうもゲートの中の気はすごかった。できなかったんだからしょうがない。( ;∀;)

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アンカラ
トルコの首都。でもとても静か。
国鉄アンカラ駅構内のレストランで食事をしました。
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メニューはこれまでにも何回もお目にかかってる鯖の塩焼き。おいしかった。

鉄道駅の趣がとてもいい感じ。
天井が高く古いレストランと、それにぴったりのおじさんウェイター。とても絵になる。
レストランの奥のドアを出ればそのままアンカラ駅のホームです。
ホームにはイスタンブール行き高速線の特急列車が止まっています。
<スペインCAF製の時速250kmで走る電車>
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これに乗車するためには、空港と同様に荷物のx線検査を受けてホームに入るようになっています。

駅前にはいろんな不思議なモニュメントが置かれています。
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最近アンカラで自爆テロがあったというのはここ。100人ぐらいが亡くなってます。

アンカラ泊
アンカラの夜は暗い。暗い中で若者たちがいっぱい町に出ている。けっして危険な感じはしない。この日は、どこのホテルにでもいた猫がいなかった。

夜、街に出て買い物をしようとしました。ショッピングモールはほとんどバンコクなどと同じ雰囲気。イスタンブール
と違い、スカーフをかぶる女性が多かった。
ホテルはSURMELI  シティホテルだ。

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トルコ旅行(5)コンヤ・カッパドキア_2015/09/26

9/26(土)
マナブガットの滝
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それほど見たいと思うような滝じゃない。が、いっぱい食堂や土産物屋がある。トルコにはたいした滝はないのかな。きっとトイレ休憩用の場所だな。

コンヤ
途中、コンヤで食事。ここはおいしかった。
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<トルココーヒー>おいしかったけど粉がいっぱい。そういう飲み物だよね

シルクロードを西に向かって走る。道の両側には広大な草原があるだけ。地平線には蜃気楼が見える。
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キャラバンサライ(隊商宿)
古い民家風の建物なのかと思ってたら、完全な砦ですな。隊商を襲うなにかから守るための建物だったのか。僕は中に入らず、外観だけにした。
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カッパドキア
まず、陶器工房に連れて行かれた。解説の後、売り場に連れて行かれたけれど、どうも絵柄が好きになれないので、財布は閉めたまんま。トルコ陶器が嫌いなわけじゃない。

地下都市カイマクル
地下都市の入り口のところにチケット売り場と改札口があり、その周辺にはみやげ物店がたくさん立ち並んでいます。あまり栄養状態のよさそうもない犬がよたよたと歩いています。

地下都市って言うから深いところに連れて行かれたらどうしようと思ったけど、すごいところまでは行かない。せいぜい地下15mまでの地下4層あたりまで。遺跡は地下50m近くの地下水脈の上まであるけれど、観光客は危険だから入れないんだそう。思いっきり天井が低くて頭をぶつけるところは何ヶ所もあり、ケガ防止のため帽子着用を勧められた。要所要所に明かりがついていて、暗闇で道に迷うようなことはなさそう。ワインセラーやキッチン、キリスト教会などを見せてもらった。
初期キリスト教徒がローマ帝国の迫害を逃れるために隠れ住んだということが言われてきたが、最近はこの説は否定されてきているという。地下都市自体は、紀元前から存在していて、その過程でキリスト教徒が居住したということもありそうだが、迫害があったことやそこから逃れてきたという証拠は見つかっていないというのだ。
<写真無し(^^♪>

洞窟住居見学
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円錐形の岩の中に居住している家族の家に案内された。客全員の手に香水を振りかけられたが、このにおいが気に入った。東京で手に入らないかな。会社の近所のショッピングモールでも同じにおいがしているんだが。このうちは1階、2階が住居で3階は教会だということだった。このおうち、日本のテレビ番組には何回も映っているそうで、客あしらいも慣れた感じだ。帰って1週間後にはまたテレビで見た。(^◇^)

近くにあった五つ星ホテル。何回もテレビで見たことある(^◇^)
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ベリーダンスを見ながら夕食。
洞窟の中のヒトデ型レストランで食事をした。食事はおいしかった。でもダンスのほうはちゃんと見ていなかった。

カッパドキア泊
DILEK KAYA HOTEL パンフには洞窟ホテル泊と書かれていたけど、実際は凝灰岩の切石を積み上げて作った洞窟風ホテルだった。添乗員も洞窟風ホテルといっていた。ちょっとだまされた感じ。ホテル自体は雰囲気があってよかった。

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2015年10月17日 (土)

トルコ旅行(4)バムッカレ石灰棚・トレーン・クサントス_2015/09/25

9/25(金)
出発は7時
巨大な石灰棚に行きます。テレビのクイズ番組でよく見る不思議な地形です。丘の上から大量に流れ出る温泉水の中の石灰分が、湯温が低くなるとともに沈殿して、棚田のような地形になっています。
とはいえ、観光施設の温泉の使用量が多すぎるとかで、遠からず枯渇するという。この石灰棚も近い将来見ることができなくなるとガイドさんは言っていた。

パムッカレ石灰棚
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水の中はたまに滑りそうなところもあり、ちょっとびくびくです。
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一緒にいた人たちの中でも、ころんでビショビショになった人や、カメラを水没させてしまった人が続出。気をつけなければ。
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石灰棚に入るときには靴を脱ぐ決まりですが、ガイドさんから「脱いだ靴を盗む人はいません。でも、犬は靴が大好きです。置きっぱなさないで手に持って行ってください」と言われました。たしかに、石灰棚に入るところには犬が何頭も遊んでいます。
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ちょうどその時、中国からの団体さんと一緒になったんですが、彼らは靴や靴下をみんな入り口のところに置きっぱなして棚田に入って行きました。そして、犬たちは大喜びで靴をくわえて駆け回っていました。(^◇^) ビーチサンダルと子ども用靴下が大好きみたい。
頭の上では、ハトがギャーギャー鳴いています。見た目完全にハトなんだけど、鳴き声がとても下品。やっぱりハトだよね。これ
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遺跡温泉は石灰棚の近くにある温泉です。遺跡の一部が温泉になって、建物の石柱や礎石がゴロゴロ転がっています。水着を着てないと入れないけど、おもしろそう。キャーキャーいって遊んでます。温泉に入るなら2500円くらい必要です。でも、まわりを散歩するだけならタダ。楽しそうで、入っている人がうらやましかった。ここもテレビのクイズ番組で見たことある。
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ヒエラポリス遺跡
石灰棚の上のほうに広がる遺跡です。ローマ帝国時代に大地震で一度は破壊されたものの、復興し、また14世紀に大地震で完全に破壊されたという。劇場やローマ風呂が残っています。
ローマ帝国時代、裕福な市民が保養のため多く滞在したが、この地でそのまま亡くなる人が多く、立派な石造の墓所が多く残されています。

僕たちは石灰棚で時間を使ってしまったので、そんなに見てる時間はありませんでした。
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<これがお風呂屋さん?>
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<劇場>

レトーン遺跡
古代ギリシャに占領されるより前、紀元前6世紀からの遺跡です。古代ローマ時代までは活発に活動していたという。キリスト教化も早期に行われ、石材は教会に転用されて放棄された街です。
小規模な遺跡。
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柱列の一部は水中に沈んでいて、子どもたちがその上を楽しそうに走り回っています。
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円形劇場のところではギリシャリクガメが葉っぱをむしゃむしゃ食べてます。
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クサントス遺跡
なぜか添乗員の女性がぶちきれてガイドのトルコ人男性ともめてます。理由はわからないけど面白くないな。

この遺跡はペルシャの支配を受ける前から周辺地域の中で最大の都市だったらしい。
ペルシャに占領されてからも自治が許され、紀元前520年ごろには独自貨幣が鋳造されるほどだった。
しかし紀元前5世紀にローマが占領しようとした際に、自治が許されないことを知った市民みんなが抵抗し、全滅してしまったそう。

大規模な発掘で見つかった出土品の多くは大英博物館に持ち去られているとのこと。
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<石組みがすごい>

田舎町の細い道を、くねくね曲がりながらようやくたどり着いたのが、小ぶりな遺跡。とはいえ、立派な円形劇場がすぐに目に入った。ここには聖母マリア教会があるということなんだが、改修工事中ということで見せてはもらえなかった

ここまでの行程でだいぶ疲れてしまったようで、みんなはバスを降りても、近くにたむろしたまま。もおうおなかいっぱいなんですね。ネコも相手してくれたし。

結局、円形劇場のほかはみませんでした。(´・ω・`) ここではヤギさんが雑草の刈り取りのお仕事をしています。
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地中海沿い風光明媚を絵に描いたような道を南下します。この日は天気もよくて、海は紺碧。海岸の砂の色。民家のオレンジ色の屋根と白い壁、みな美しい。期待通りの美しさ。
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この日の放射線量は0,03Sv/hぐらい。沖縄あたりと同じぐらいか。

アンタルヤ
ここは今度G20の会場になるところらしい。
ホテルはなんと五つ星 IC AIRPORT HOTEL ANTALYA
歯磨きセット、髭剃り、くしなどみんな有料だった。電熱ポットもなかった。インスタントコーヒー持ってきてるのに飲めなかった。
フロントに頼めば貸してもらえるのかな。有料だったりして。五つ星ってどういうものかよくわからない。

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2015年10月12日 (月)

トルコ旅行(3)ベルガモン・エフェソス_2015/09/24

9/24(木)
朝食の食堂で、かわいい猫が音を立てずに歩き回っています。
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窓の外のプールサイドでは、同じ模様の猫たちが無邪気にじゃれあっています。
食後、日の出直後のホテル裏海岸に出てみると、強風で波が立っています。雲が重苦しく垂れ込めています。
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この日は大規模遺跡を2箇所回る予定です。

ベルガモン アクロポリス遺跡
ここは、アレキサンダー大王が亡くなり、国土が分割された後、大王の遺産を手にしたリシマコスによって築かれた町。次に引き継いだフィレタイロス王がベルガモン王国を築き、遺跡はその首都となったところです。紀元前3世紀半ばから2世紀に繁栄した町です。
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ロープウェイに乗って山上に上がると、発掘現場が見えてきます。
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澄み切った青空の下、大きな山の上に遺跡が散在しています。山の中腹にも発掘中の遺跡が点在しています。

遺跡には巨大な円形劇場や神殿、巨大図書館もあります。
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なかでも、かつてあったゼウスの大祭壇はベルリンのベルガモン博物館にそっくり移設されて目の当たりにすることができるそうです。つまり、ここでは見ることができません。(-""-)
この日、円形大劇場の最上段で転んでしまい、けっこうイタイめにあいました。これは、旅の終わりまで後を引きました。イタイイタイ(´・ω・`)
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エーゲ海に沿ってバスは南下。この時は、いまいち天候がよくなく海の色もぱっとしませんでした。
頭の中にあるエーゲ海の色とはだいぶ違いました。
このあたりは、農作物は年三毛作で、いつでも食べ物はあり、あまり働かなくてもそこそこの暮らしができるという地域だそうです。
人の性格はギリシャと同じ、のんびりゆったり、争いは好まない…という土地柄だそう。

次はエフェソス遺跡
なんと哲学者ヘラクレイトスの出身地。
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世界最大級の古代都市遺跡です。
紀元前4世紀?の町並みが残り、モザイクの壁画なども何か所も残っています。
道は大理石の石が敷き詰められているので、雨が降ったらつるつる滑って怖そうです。

紀元前2世紀には共和制ローマの支配下にはいり、古代ローマ帝国の東地中海交易の中心となり、アルテミス神殿の遺構はこの時代のものです。
イエスの母マリアが使徒ヨハネとともに余生を送った地との言い伝えもあります。
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売春宿の広告なんてものも路面に残っています。なんでこれが売春宿の広告とわかるのかよくわかりませんが…描かれる足の大きさより自分の足が大きくなければ入ることができないそうです。ほんとか?
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そして、高級集合住宅も。
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なんと有料トイレも見られました。
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アレキサンドリアの図書館、ベルガモの図書館と並ぶかつての世界三大図書館の一つ、エフェソスのセルシウス図書館がこれ
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この女性像の本物はウィーンの博物館に持って行かれ、これは複製。

昨日のトロイの遺跡の何倍もの規模で、その中の一部だけを見て回りました。
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どこの遺跡にも必ずある大きな劇場。

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バムッカレ
温泉スパホテル泊
COLOSSEA THERMAL 四つ星。 せっかくの温泉スパホテルなのに、ホテル到着が夜の10時を過ぎていて、温泉につかることも、トルコ名物のマッサージしてもらうこともできませんでした。バスがホテルに到着したときは、プールサイドは大パーティで盛り上がっていて大騒ぎでした。庭園には動物園もあるそう。
夕食のレストランでは、お約束の子猫の接待を受けることができて幸せでした。

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2015年10月10日 (土)

トルコ旅行(2)セリミエモスク・トロイ_2015/09/23

9/23(水)
朝6時 暗い街の中、お祈りの声が礼拝堂のスピーカーから流れています。

朝7時から朝食。バイキング形式だけど、並べられた料理の種類がすごく少なく残念。だけど、調子に乗りすぎて旅行太りは困るので、これでOK!
(今回のツアーの宿の朝食バイキングは、どこも料理の種類が少なく、東南アジアとはだいぶ様子が違います。)

8時にバスでエディルネへ向けて出発です。

エディルネの中心部はたくさんのモスクが立ち並ぶ美しい町。その中で、ひときわ大きくて美しい建物がセリミエ・モスクです。
高い尖塔と大きなドームは遠くから圧倒的な質感で迫ってきます。

オスマン帝国時代、皇帝セリム2世により1574年に建てられた、イスラム建築の最高峰の一つです。
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上の写真中央アーチの内側 天井
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建築物は、外観、屋内ともにデザインの宝庫。屋内は特に美しいブルーのタイルが貼りめぐらされてあり、濃密な芸術空間です。これらのタイルがターコイズブルーの語源です。
屋内は世界遺産に指定されたときに撮影禁止とされたそうで、とても残念です。写真撮りまくっている人はいましたけど。(^◇^)
たくさんのドームが組み合わされたこのモスクは、1913年のブルガリアとの戦闘で、直撃弾を受けたにもかかわらず、たいした被害を受けなかったというほどの強固な建築です。

調子に乗って外観を撮影していると、いきなりバッテリーが上がってしまいました。予備バッテリーを持参していたので救われましたが。
僕のカメラは、強力なパワースポットに行くといつもバッテリーが上がってしまいます。毎度のことで、パワースポット検出器みたいなものです。(^^)/ ここは生きた聖地ですから、強力なパワースポットなんですね。

新品のバッテリーを2個、昨晩満充電して来ましたので、そのバッテリーが上がってしまうはずはありません。
それでも、トルコではこのあと何回もバッテリー上がりを繰り返しました。トルコはパワースポットだらけです。

高速道路を走っていると、こんなのにもすれ違います。トルコの東部ではクルド人との戦闘が行われているようですが、それと関係あるのかな。10台以上戦車にすれ違いました。
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午後はヨーロッパからダーダネル海峡を渡ってアジア側のチャナッカレへ。そしてエーゲ海沿いに南下してトロイ遺跡に向かいます。
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<港のタグボート? きれいだったから>

途中ドライブインのようなところで食事。チープだけど鯖の焼き魚、普通の塩焼きだけどおいしかった。

トロイ
トロイは子供のときからの夢です。大人になって訪れることができるなんて思ってもみませんでした。
遺跡の入り口にはお約束の木馬が置いてあります。

おなかの中に上れるようになっていて、白人さんたちがキャーキャー言ってのぼっています。もちろん、最近の作り物で、これは遺物じゃありません。
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トロイ遺跡をネットで調べたら、行って残念だった観光地ナンバーワンみたいな書かれ方。行っても木馬があるだけで、ほかは何にもない。土を掘り返してあるのをみても全然面白くないっていうんだけど……ほんとかな。不安を胸に訪ねました。

ぼくは小学生のとき、シュリーマンの伝記を読み、それ以来トロイの遺跡の景色を頭に思い浮かべてきました。
そのシュリーマンが発掘したトロイの遺跡が目の前にあるんです。次から次へとあらわれます。そして、9層に分かれた都市の遺跡が掘り出されたままに展示されています。時代それぞれの石柱、下水道設備、建築物の遺構が見えます。
なんたって、紀元前3000年以降の各年代の遺跡です。ただごとじゃない。感激しますよ。ぼくとしては
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<擁壁 上に行くにしたがって施工年代が移り変わる>

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<遺跡の階層が表示されている>

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すばらしいところでした。
途中から豪雨になりましたけど。

遺跡は海岸近くにあると思いこんでいましたが、海なんてぜんぜん見えません。土砂が海岸に堆積していって、今では海岸線ははるか遠くに後退してしまっています。
ガイドさんは、シュリーマンの功績をたたえながらも、重要な出土物はドイツ、アメリカなどに流出し、さらに、第二次大戦後はロシアをはじめ世界に散逸したこともシュリーマンのやったこととして、非常に残念だと言っていた。

ガイガーカウンターはだいたい0.03Sv/hぐらい。非常に低い。

高速道路の売店でチョコサンドみたいなお菓子買ったら、あんまり甘くて食べるのがつらかった。なにもがんばらなくていいのにがんばってしまいました。このあと旅行中はお菓子を買いませんでした。

ジュンダ島
夕方、ホテルに到着してからジュンダ島に連れて行ってもらいました。
島には猫が自由に寝転んだり散歩したりと、自由に暮らす姿がかわいかった。
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魅力的なレストランがいっぱいあったけれど、僕らはこのあとホテルの食事が待っていたのでパスです。かなり残念。
かわいいネコがいっぱいいて、ネコの写真はいっぱい撮ったけど、立ち並ぶレストランや海岸の写真は全然とってませんでした。(^◇^)

宿泊地はアイヴァリク
ホテルはGRAND TEMIZEL。食事は……とくに感想なし。横柄なホテルマンにムカッ
娘が飲み物の注文をしようとリストを見て考えていたら「チッ」と舌打ちをしながらどっか行ってしまいました。
ホテルもとくに目立ったことはなし。
だけど、部屋の放射線量は0.25Sv/h!高い!と思ったら、時折0.40Sv/h 0.50Sv/hまで跳ね上がることがある。韓国のソウルなどのさらに2倍レベルだ、どうしてだろう。建物の骨材に放射性廃棄物を混ぜてんだろうか。一泊だけだからいいか。でも、問題だよ、これは。

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2015年10月 7日 (水)

トルコ旅行(1)出発_2015/09/21-22

9/21(月)
午前中は休日出勤。
いつも同様、旅の用意は全然できてません。

午後に旅の準備をし、娘が仕事から帰るのを待って、夜8時過ぎに出発です。

新宿経由でJR成田まで向かいます。成田駅到着は夜中の11時。
駅前に24時間営業じゃない(#^^#)マックバーガーをみつけて晩飯にありつきました。
ホテル着は送迎車にひろってもらって深夜12時、ふー

空港そばの東武ホテルに前泊です。

今回のトルコ旅行は添乗員付きのパック旅行。初めての添乗員付き旅行です。
おまけで、日本では見えないはずだった皆既月食も見れちゃいました。

9/22(火)
朝は6時半の空港行き送迎バスに乗ります。7時35分の集合に間に合わせるため、いろいろ用事をすませます。
添乗員によるミーティングの後、出国手続きなど終えて、全員でぞろぞろ移動。

飛行機は10時発のイスタンブル行きトルコ航空。A330-300
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機内は例によってすごい寒さ。天井からは白い霧が吹き出してます。
席に配られているブランケットを体にかけていたけど、のどがガラガラになりました。また風邪ひいたらきついなと思いながら映画を見たり、本を読んだり。

席は真ん中で景色は見えず。すごい退屈。12時間ってほんとにきつい!食事はおいしかったけど。

モンゴル上空あたりでガイガーカウンターみたら0.50Sv/hもあった。上空ではこれが普通なんだろうか?

イスタンブル空港に到着後、大きなバスで長距離を移動して空港ビルへ。

空港のビルからは添乗員さんの後ろについてぞろぞろ。
団体で移動を始めると必ず周りの人を抜かさずにはいられないおじいさん2人組とおばさん2人組がいて、行列では後ろから割り込みたくなるし、並ぶと前の人を押したくなるらしい。(^◇^) 悪い人じゃないんだけど、自然にこうなってしまうみたい。この人たちは、戦後の高度成長を支えた人たちだね。
荷物はポーターがピックアップしてバスまで運んでくれるので楽ちん。家に帰り着いたときはスーツケース傷だらけになってたけど、9日間荷物を載せたり下ろしたりし続けたんだからしょうがないか。

空港からは専用のバスで出発。きれいで窓が広い快適なバスです。ドイツMAN社製のバスです。MAN社はディーゼルエンジンの元祖。
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現地ガイドさんはすごいイケメン。娘の目はハート型(^◇^)になってしまいました。
まだ20代だけど、トルコの歴史や世界情勢などとても詳しいし話が楽しい。元学校の先生で、徴兵で軍務についたこともあるという。トプカプ宮殿で衛兵をしてたって。阿部首相のエスコートもしたって言ってた。

ちなみに、最初の説明 イスタンブールと最後を伸ばすのは日本人だけ。イスタンブルというほうが正しいそうです。むかしヒットした歌詞のなかの「飛んでイスタンブール」というのが、日本人全員に染みついているそうです。(*^。^*)

トルコは道を走っていても、アジアの国で感じる濃密な空気感がありません。至極あっさりとした感じ。
街はきれいで、郊外に出ると北海道のような田園風景です。
人々はめちゃくちゃフレンドリー。というかフレンドリーを突き抜けて頭にくるような明るさです。(^◇^) あのトルコアイス販売のパフォーマンスのようなって言えばわかりやすいか。

バスはすぐにギリシャ方向へ走り出します。行先はエディルネ

走ってる車は、ヨーロッパ車、日本車とインド車そのほかいろいろ。韓国車はほとんどなし。(ヒュンダイのタクシーは見た)。一番多いのはFIAT。タクシーのほとんどがFIATです。

初日の宿泊地エディルネはヨーロッパ側、ギリシャとブルガリアに近いところです。
ホテルはMARGI HOTEL。安いツアーだからホテルはたいしたことないだろうと思っていたけど、客室はきれいでした。窓だけはどろどろで汚なかったけど、夜遅く着いて早朝出発では、あまり気にするひまもありません。バスタブは無しでシャワーのみ。
広い街道沿いのホテルで、べつに景色がいいわけでもありません。東ローマ帝国時代の首都だというけど、いまは華やかな雰囲気は感じません。一面灰色の町。道路の向こうは大きな自動車関係の店の集まり。

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