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2011年10月

2011年10月16日 (日)

伊豆半島・大瀬崎でダイビング

10/15(土)
伊豆半島付け根の大瀬崎でダイビング。

朝6時集合時は暴風。9時現地到着したらこれに大雨が付け加わっていた。
それでも海中に入ると暴風雨は関係なし。そこそこ視界もある。視程5mということだったけど、下に入っていくと7,8メートルぐらいはある。
水温は22°。1月の沖縄では水温24°あったので、それより低い。
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見れた魚はウツボ、イロカエルアンコウ、ゴンズイいっぱい。ミノカサゴ、クマノミの幼魚。ツノダシ、アカヒメジ、……魚の知識が無いので、もっともっといっぱい珍しい魚を見ているんだけど、書くことが出来ません。

大きな岩のごろごろする斜面に大量の魚が群れています。
すごいすごいと、眺めていたら、前方からいきなりキビナゴの集団が顔にぶつかってきて、体のまわりを通過していき、その後を10センチぐらいの魚が猛スピードで突き進んでいきました。一瞬のことだけど、もうびっくり。
映画では見た景色だけど、色々形を変え、より大きな魚たちからの捕食に備えるという、魚の集団の中に自分が包み込まれていたのでした。

大瀬崎には大瀬神社があります。富士山と向きあった岬の先端です。
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翌日は、太腿の裏側とか、足の裏とか胸の前とか、妙な所が筋肉痛。
今回はドライスーツをはじめて着ました。Tシャツとジャージのズボン、靴下を履いてその上からドライスーツを着る。水中では寒いとか暑いとかはなく、しかもからだが全然濡れないのでとても楽。
この日でスクーバダイバーのライセンスも取得できました。ダイバーのライセンスの中で一番入り口の資格です。
実習の最終日でもあるので、水中カメラは持っていませんでした。2本のうちあとの1本は実習ではないのでカメラを持ってきても良かったらしいけど。

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2011年10月13日 (木)

アンコール・ワット 2011/09/29

9/29(木)
朝は、バイヨンの前でゾウに乗れるらしく、娘が乗りたい乗りたいっていうものだから乗せてもらいました。
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一人$15。バイヨンを一周します。象使いのおじさんは草笛が上手。「さくらさくら」なども演奏してくれます。なんと背中にチップ入れがあります。
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ゾウに乗れるのは朝の10時まで。ゾウが疲労しないためでしょうか。
見た目気持ちよさそうだけど、すごく揺れる揺れる。娘は平気だけど、僕は椅子につかまってました。
視線が高くて景色がすごく面白いんだけど、とても写真が撮れません。むしろ、観光客から写真を撮られまくってました。

プリアカン寺院
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塀の外壁に大きなガルーダが立っています。
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建物の外壁には大量に仏像とヒンドゥー教の神々のレリーフが彫られているが仏像の方はほとんどが破壊されている。
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これは王妃の像
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ギリシャ風の列柱に支えられた2階建ての建築物もある。
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ウプサラ(女神)の踊り。上段は仏像が削られています。
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タソム寺院
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200年頃の仏教寺院。
大きな顔が4つついた門がいくつもある。
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東メーボン
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巨大な貯水池・東バライの中、953年に建てられたピラミッド型のヒンドゥー教寺院。
もともとは船を使って訪れるところだった。今は水位が下がって陸続きになってます。
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1階の4隅にはゾウの石像、4方の階段のところには獅子が立つ。
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祠堂はそれぞれ煉瓦製。漆喰でレリーフが彫られていたもよう。レンガのレリーフの芯?が見て取れる。
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火葬と洗骨の施設も残っており、埋葬用の塔もある。ここはある時期葬送施設だった。
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バンテアイ・クディ
バイヨンとほぼ同時代。ヒンドゥー教寺院から仏教寺院に改宗された?
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このお寺も水中遺跡になってます。(^^)
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中に16世紀の仏像が祀られている部屋があり、そこでは尼さん?が線香をすすめていた。ぼくは、いまがカンボジアではお盆だということなので仏様に線香をあげて拝んだら、尼さんは私の手首に赤い紐を結んでくれた。ついでに娘にも結んでくれた。
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スラ・スラン
バンテアイ・クディの向かい、いくつかの土産物店をはさんで大きな池があります。
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王の沐浴する池だそう。池っていうには大きすぎる。なんかの水利施設じゃないんだろうか。この大きさに、宗教的な理由があるのだろうか。

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2日ほど前から台風がトンキン湾に近づいているというニュースが流れていて、ベトナムの飛行機が欠航しているといううわさ。正確なところを知りたくて、航空チケットを購入したH.X.Xの現地事務所を訪ねた。
事務所は薄暗くて入り口からは衝立のせいで中が見えない。声をかけてもしばらく返事もない。なんなんだここは?と思っていたところに、ゆっくりと日本人男性が現れた。
「御社で飛行機のチケットを購入したものですが、今日の飛行機の状況を知りたいんです。 今日、ハノイ経由で成田に飛ぶんですが、正常に運行するでしょうか?」と聞いた。返事は
「シェムリアップを立つ便はみな正常に運行しています。ハノイからの便は知りません。」
頭の中で「プチッ」という音が聞こえたけど我慢して
「カンボジアから日本に直行する便は無いから、必ずベトナムとかを経由しますよね。乗り換え便は把握してないということですか?」「ええ」プチプチッ
「調べてもらえないんですか?」「ネットであれば調べてもいいですけど」
なんてところだここわ。日本の企業なのに、この程度のサービスができないなんて。
ガイドさんが後ろでコソコソと
「ここはサポートする気がないみたいだから、XXさんのサポートは私がします。だいじょうぶ。」って言ってる。
「ハノイからの飛行機が欠航してしまったら電話ください」だって。

Blue Pumpkin
余った時間をオールドタウンの喫茶店に行こうということになって、ガイドさんに連れていってもらいました。店の2階に上がると全体がメンソールの香りに包まれています。
最初に持ってきてくれたおしぼり?がメンソールの香りで、これで顔を拭くと(^^)も~気持ちいい。
ここのシートの奥行きは1メートル以上あります。当然御行儀よく座ることなんか出来ず、背中のクッションにもたれかかって、ズルッと足を投げ出すことになります。
僕達以外のお客はみんな白人だったけれど、老若男女みんなだらしなく転がっています。でもこれが気持ちよかった。写真がないのは残念。

ハノイ行きに搭乗
8時半発ハノイ行きの飛行機に乗るので7時過ぎ空港に到着。…してみると出発時刻が1時間DELAYになってる。これに乗るとハノイ発の成田行きに間に合わない。
ガイドさんが「急いでカウンターに行って!」と言ってる。
「急げば一つ前の便に変えてもらえるから!」
1本前のハノイ行きは30分DELAYでまだ出発していない。
ということで、ガイドさんの言うとおりの展開となり、私たちは1本前のハノイ行きに振り替えることが出来ました。これを報告しようとゲートのところに行こうとすると、ガイドさんの友だちの別の日本語ガイドさんから「早く行って!」ってせき立てられてしまいました。みんなにお世話になっちゃって……
ハノイでの乗り継ぎ便はやっぱり1時間DELAYで、焦らなくても大丈夫だったんだけど、頼りになるガイドさんはありがたい。安心感が違う。
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このあと現地時間の夜1時過ぎに成田行きベトナム航空機に乗って帰って来ました。

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2011年10月10日 (月)

アンコール・ワット 2011/09/28

9/28(水)
タ・プローム
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この日は快晴。
1186年に完成した仏教寺院です。日本では平安時代最末期。壇ノ浦の合戦の頃。
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遺跡のたくさんある仏像(レリーフ)のほとんどは破壊されていて原形をとどめません。後にヒンドゥー教に改宗された時に破壊されたそうです。
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修復はインドが担当していますが、現状のまま木々に侵食された状態で保存するか、あるいは自然の影響を排除して復元するかで、議論になっているそうです。
ここは、見る人が見ればわかると思いますが映画「トゥームレーダー」の撮影場所として有名です。
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ガイドさんが僕達に説明していると、若い白人の女の子が「オー、トゥームレイダー?」とにっこりしながら通りすぎて行きました。
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ちょっと驚きの彫刻がこれ。
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恐竜のレリーフがあるんです。平安時代の終わりの彫刻で恐竜?どういう事なんでしょうね。いま考えられているステゴサウルスの姿そのまま。
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怪しいかな?最近になって誰かがここに彫刻を1個付け加えたとか?上にも怪しい恐竜のアニメに出てきそうな姿があるんです。いたずらでなかったらすごいんだけど。
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アンコール・トム
「勝利の門」をくぐりバイヨンへ向かいます。門は今でもバスが通過する大きさで、その上はこんなになってます。
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バイヨン
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12世紀後半の寺院。ヒンドゥー教と仏教の混交寺院だとか?
他の階段状の寺院と同じ厳しい急角度の階段を上がります。
第3回廊には四面に人面の彫られた塔が林立しています。
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最後に第1回廊に戻って周囲のレリーフをゆっくり見ました。
ベトナムとの戦いに出陣するカンボジア軍
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南大門
南大門の外に渡された橋の欄干は、ナーガとその体を支える神と悪魔(阿修羅)の巨像が並んでいます。
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アンコール・ワット
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アンコール遺跡の象徴。誰でも知ってるあのアンコール・ワット(^^)
さすが人がいっぱい。いろんな人種がお参りしています。ほかの遺跡と同様、日本人・韓国人・中国人・アメリカ人・フランス人ほかの白人のほかにインド人もめだつほどたくさんみえています。
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1140年頃ヒンドゥー教の寺院として完成したが、後、仏教寺院に改宗された。
今は上智大学が修復を担当しています。各国がそれぞれの文化財修復に関わっているのを見てきただけに、日本もそれに加わっていることを誇らしく思いました。
でも、修復のためのブルーシートが目立ちすぎるんで、ガイドさんが「目立たない色のシートを寄付するから変えてくれないかってお願いしても聞いてくれなかった」って言ってました。他国の担当している修復箇所では、こんなふうに修復現場が目立っているところはなかっただけに、かなり残念。文化財の修復には。その際の景観の保全も仕事のうちと思うだけに残念。

第3回廊は今年になって改修が終わり階段が付けられて公式に登れるようになりました。でも、日本の旅行社のガイドは、「安全の保証はしません。登るなら自己責任でどうぞ」ということで、登ることを黙認しているという状態でした。
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階段は大変急角度で、手に持ち物を持っていると入場を許可してくれません。人数制限もあります。
階段の下には大勢のギャラリーがいるので、スカートをはいて上がればパンツ丸見えになります。(^^)
でも、ここまで来たら登らないとねぇ。
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江戸時代の日本人の落書きも見てきました。
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近年、クメール・ルージュの時代に奉納仏の多くは破壊され敷石にされたとか。最近のことですね。

コウモリ見物
夕方7時頃、水害の原因のシェムリアップ川ほとりの公園にコウモリ見物に行きました。オオコウモリがいるという。上から糞が落ちてくるの嫌だなとと思って腰が引けてたけど、たしかに木々の上の方でコウモリみたいなものがひらひらしているのが見える。そこでガイドさんと3人で一生懸命手を叩いてみた。すると、だんだんピヨピヨと声が大きく聞こえるようになり、飛び立つコウモリも少し出てきた。ただし、叩く手もくたびれて、そこそこで諦めた。ピンぼけ写真を載せておきます。
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2011年10月 9日 (日)

アンコール・ワット 2011/09/27

9/27(火)クバール・スピアン
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入り口まで行って、水中遺跡のある川が濁流になっていることがわかり、水中遺跡が見えるわけないということで撤退です。

バンテアイ・スレイ
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967年着工したヒンドゥー教寺院。
アンドレ・マルローがここのデバターを盗んで逮捕されたことでも有名。
ここは臨時で水中遺跡になっています。趣きがあってよかったです。この景色を見ると、みんな口をあんぐりしますが、そのうちに笑いだします。みんな子どものように、大きな水たまりの中ではしゃいでいます。
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訪れる人も少なく、ガイドさんは特に丁寧にいろいろ見せてくれて、ほんとにほんとに大感激です。
あんまり素晴らしい彫刻がいっぱいなのでもうお腹いっぱい。消化しきれません。
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上の写真の真ん中を拡大
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美しい彫刻群は「アンコール美術の至宝」とまで言われています。建築のすべてが繊細な彫刻で覆われています。特に神々の化身、あるいは女神と言われるデヴァターの彫像は素晴らしいです。
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鬼のように写真を取りまくってますけれど、もう写真がなければ記憶しきれません。見て、なんか感じるより写真を取るほうが優先になってしまってます。
※デバターという言葉はアバターの語源だそうです。いかにもそんな感じ。
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地雷博物館
入り口両側に立ててあるのは、アメリカ製、ソ連製の爆弾。
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館長のアキ・ラー氏は、クメール・ルージュからベトナム軍、カンボジア国軍と10歳から20歳になるまで戦闘の中で生き、その後国連平和維持軍に属して、自分の埋めたものを含む地雷処理を仕事とするようになった人。親は子供の頃に殺され、青年のうちに壮絶な世界に生きてきた人だ。
現在は、地雷除去と孤児の救済に残りの半生をかけている。
博物館では、除去された地雷や米軍、ベトナム軍などから投下された爆弾などが展示されている。
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カンボジアで、行われた非人道的な行為と、現在の状況を見える形で展示している。
カンボジアの現代史はあんまり複雑で、いままで全然理解できていなかったのだが、ここで説明を聞き、わずかに理解できる様になった。
子供の頃からつい最近まで、カンボジアって言ったら、米軍に攻撃され、共産政権が出来、それを共産勢力が攻撃し……なにがなんだか…でした。

バンテアイ・サムレ
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12世紀前半のヒンドゥー教寺院。バンテアイ・スレイとほぼ同時代?アンコール・ワット造営の直後と言われている。
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ここはラテライトの赤い壁が目立ち、壁面の彫刻が少ない。そういう意味ではバンテアイ・スレイとは対照的。保存状態が良くて、雰囲気がよく残っています。建築物が密集、かつ重厚。
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普段は歩ける地面がすべて水没しているので、建築の周縁を歩く。
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バコン
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最初の階段状寺院。ヒンドゥー教の寺院だ。881年に建てられた寺院。日本は平安時代。
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シンハ(ライオン)やゾウの石像が綺麗に残っている。
急な階段を登ると、周囲の密林に、ジャングルにいるんだという実感が湧いてくる。
最上階の五つの祠堂にはたくさんのデバター(神の化身)が彫られているが保存状態は悪い。
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近所の土産物店か何かから流れる大音量の流行歌らしきものがめちゃくちゃうるさい。
募金を強く強く求める子どもたちにノーサンキューと言い続けるのも,けっこう辛い。無理やり野の花の一輪を渡そうとする女の子もいた。泣きそうな顔をしながら。昨日までの都市を大きく離れた遺跡では、観光客と遊んでいる子供達はいても、お金を要求する子供達はいなかった。でも、ここでは、いっぱいお金を要求する子どもたちがいる。

ブリヤ・コー
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879年創建。アンコール遺跡の中では最古。午後5時
もうたいへんな土砂降り。.お客さんはほとんどいない。
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牛が豪雨の中で草を食べている。
基本、赤レンガだけど、レリーフは砂岩。赤レンガ部分は漆喰が塗られていたらしい。一部は今でも残っている。
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2011年10月 8日 (土)

アンコール・ワット 2011/09/26

9/26(月)ブリア・ヴィヘア
シェムリアップからは片道270キロ!車で4時間ぐらいかかります。タイとの国境の山の上にあります。
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途中、いたるところで橋が落ちてたし、車が悪路にはまり込んだりしたので1時間ぐらいロスして遺跡の山麓に到着。バイクタクシーに乗り換えて登ります。遺跡は山の頂上にあります。
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信じられないような急勾配の道を登って遺跡の第一回廊に到着。ここが頂上だと思って「すごい!こんな高いとこに遺跡があるんだ!」って言ったら、「違いますよ、ここが入り口なんですから。ここが第一段で第五段まであるんですよ」だって。
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第一段までの長い長い階段はバイクのおかげでパスしたものの、まだまだ先があるっていうこと。

遺跡入り口の石段には小銃を持った警備兵が数人います。
ここも前日に続き銃撃、砲撃の跡が生々しく残っています。ただしこちらは、今年2月の、タイとの国境紛争の際のもの。タイ側からの長距離砲撃により、石造建築物が倒壊し、彫刻に機関砲弾が刺さり、壁面にクラスター弾による弾痕がいっぱい残っています。たった半年前のもの。
これが参道の弾痕。
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第1回廊
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第2回廊への参道
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第2回廊
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第3回廊への参道
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第3回廊
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第4回廊
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第5回廊
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なんと回廊の縁石にめり込んだクラスター弾の不発弾(^_^;)
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この遺跡ではあらゆるところに丸腰の兵隊さんがいる。みんな偶然のようにそこにいるんだけど、視界の中に兵隊さんのいない所がない。タイとの戦闘からまだ日が経たないので、厳重な警備がなされているのだろう。それにしても丸腰で警備とはすごいな。

普通、軍人や軍事施設を撮影するのはNGかと思ってフレームに入れないように気をつけていたのだけど、みんな平気で兵隊さんの写真を撮っている。それどころか警備中の兵隊さんから小銃を借りて記念撮影したり、兵隊さんにピースしてもらっていっしょに写り込んだりなんかもしてる。カンボジアの兵隊さんはいいな。
監視所では高倍率の双眼鏡をのぞかせてもらった。向かいの尾根のうえにタイの監視所と警備兵が見えた。なるほどここが最前線なんだ。

この辺りは国境線がまだはっきりしていないらしい。お互いに相手の兵営の近くまで入って来て、何も問題は起こらないらしい。戦闘命令が出ない限り。
こうして見ると、この辺りは、国家と国家の間の戦闘は多いけど、一般の民衆は好戦的ではない様子。

この遺跡にいる間、兵隊さんの子どもたちがずっとついて来て,ガイドさんや娘とじゃれあっています。楽しかった。

第5回廊の先はカンボジアを見下ろす大パノラマ。
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足がゾクゾクする。(^_^;)
ここの標高は650m。下界との標高差が600mもある。
ここで、ガイドさんが用意してくれたサンドイッチを食べました。美味しかった。

参道の階段を下り切ったところではバレーボールを楽しんでいる若者たちがいました。「あそこでよくカンボジア兵やタイの兵隊が混じって遊んでるんですよ。彼らは憎しみ合ったりはしてないですからね。命令された時だけ戦ってるんですから。」って言われて絶句。どこかの反戦アニメで見たような情景だ。

山から下りるバイクは怖かった。超低速で走ってくれるけど、その傾斜は半端じゃない。遠くに見える平原に向かって落ちる急斜面をおじさんのやわらかいおなかを握りしめて耐える。
降り切った道路から見上げた遺跡は、完全にピラミッド型のきれいな山だった。
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遺跡の山から遠くないところには、いくつもの軍事施設があり、タイ国境にはたくさんの軍人さんが歩いていました。日本では肌で感じることのできない緊張感がひしひしと伝わってきます。

いきなり上級者コースに行って、口をあんぐり開けて帰って来たという感じ。中身が濃すぎる。気持ちの準備ができてないよ。

この日のシェムリアップ市街
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2011年10月 7日 (金)

アンコール・ワット 2011/09/25

9/25(日)ベンメリア遺跡
アンコール・ワットから東へ40km。11世紀末頃のヒンズー教寺院。周辺は深いジャングル。
ナーガが欄干になっている長く広い参道を歩くと、崩壊した石造建築が見えてくる。
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地元の子どもたちは石材の上を軽々と登っていく。
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参道脇には地雷撤去済の標識が立っている。「2007年7月にドイツによって実施された」と書かれていた。
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こちらは経蔵
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東が正面になっているが、こちらの寺院では普通のこと。
私達が入っていくのは北側からの道。
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壊れた石材の中に入っていき、時には屋根の上にあがったり、屋根のなくなった回廊の壁の上端を歩き、また飛び降り…と探検気分。
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危ないし、時々は怪我する人も出ているらしい。それは自由の代償というやつですね。
日本の観光地のように落下防止のフェンスはない。どこでも入れるけど自己責任で…ということ。ワクワクします(^^)
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遺跡内は、常に警官が巡回しています。目が合えばニコっとしてくれるし、圧迫感はありません。

この遺跡を破壊したのは、長い間の雨風などではないという。アメリカ軍の爆撃によって石造建築群は破壊されたのだと。そんなことは案内書やネットなど、どこにも書かれていない。
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カンボジア内戦のおり、遺跡に逃げ込んだクメール・ルージュを攻撃するために米軍機の爆撃にさらされたらしい。つまり、遺跡が崩壊したのはそんな昔のことではないらしい。
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内戦が終了したのは1993年。やっと8年目だ。地雷の撤去が終わり道路ができて観光客が入れるようなったのはここ2~3年のことだ。平和になったカンボジアには急激に観光客が増えているという。これで復興が加速するなら結構なことだ。
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ここにきてだれでもが、「天空の城 ラピュタ」を思い浮かべるらしい。僕の頭の中でも、あのテーマミュージックが流れていました。
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ピラミッド型で有名な、コー・ケー遺跡へも行く予定だったけれど、水害で道が通れないとか。
平常時でもすごい道路を通らなきゃならないのに、冠水して橋が流されている状態なので絶対に行けない…とのこと。残念だ
かわりに国立博物館を追加。

アンコール国立博物館
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ここは荷物持ち込み禁止。入り口のクロークに預けなきゃいけない。カメラは持ち込んでもいいけど使用禁止。
まだ新しくてきれい。わかりやすい展示を意識している。大量の彫刻が展示されています。それらが整理されて配置されているので、その後の遺跡見学に役に立ちました。
ガイドさんは、館内でレンタルされている無線のガイドレシーバーを見て、
「こんなのがあちこちの遺跡で流行ったら僕達失業するよ。こんなとこで儲けなくてもいいじゃない~」「僕の説明のほうが丁寧だからね」と言ってました。

ミュージアムショップは素敵なものがいっぱい揃ってます。僕はここでTシャツを購入。

夕食はアプサラダンスショーを見ながらディナー(^_^;)
夕方になって、伝統舞踊のショーが見たいと言ったらすぐに連れていってくれました。一人$12です。1000円しないんです。もう後ろの方の席しかなかったけれど、ガイドさんがお店と交渉して最前列のテーブルに押し込んでくれました。食事はバイキングなので見慣れたメニューばっかり食べてました。ここも飲み物は別料金。ショーは7時半から1時間です。きれいでした。
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2011年10月 5日 (水)

アンコール・ワット 2011/09/24

9/24(土)成田→カンボジア
朝4時半に家を出て、リムジンバスに乗り成田空港へ。
なんと、成田空港から飛行機にのるのはこれが初めて(^_^;) 
空港には何回も来てるけど、全部送迎だったり仕事だったり。
第2ターミナル・ベトナム航空のカウンターでチェックイン。職員はみんなJALの人
短い変な平面ケーブルカー(なんていうんだろ)に乗り、ボーディングブリッジに。国際線だからといって、特別なことはないなぁ。
窓から見えるベトナム航空の、深い緑に蓮の花模様がきれい。
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ハノイ空港まで5時間、そしてカンボジアのシェムリアップ行きに乗り継ぎ。
軍服を着た係官に旅券のチェックを受けたり、チェックを受けたり??? した。ヒマそうな係官は雑誌を見ながら面倒くさそうに旅券のチェックをしてくれる。

乗り継ぎ便搭乗前のセキュリティチェックで再び荷物検査を受ける。チャイムはならなかったけど、そこにいるたくさんの女性係官の一人に、ペットボトルを出せ…という合図をされた。未開栓の日本茶のボトルを提出した。成田のボーディングブリッジの待合室で買ったものだ。
すると、遠くから歩み寄ってきた女性係官が僕と娘から取り上げたボトル2本をかわるがわるながめてから、僕の日本茶のキャップを開け、ぐびぐびと飲んでしまった。没収したお茶はあんたが勝手に飲んでいいんかい?ベトナムの印象は暴落 (-_-;)。
ハノイ空港で見た女性係官たち、みんな笑顔がない。やだな。

乗継後、2時間ほどで目的地シェムリアップ。着陸寸前に下界を見下ろすと「え、洪水?」。見渡すかぎり冠水しています。そういえばここは今雨季だけど……
タラップを降りて空港の平面を歩き建物の中へ。空港は普通に乾いています。
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前を歩くのは韓国からの団体さん。添乗員が軍隊調で怖かった。(^_^;)
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まだビザをとってないからカウンターへ。軍服のような服を着たおじさんが10人ぐらい並び、最初の人にパスポートと20$を渡すと、にっこりと受け取ってくれる。そのあとは並んだおじさんの間をパスポートが流れて行って、すぐに名前を呼ばれた。仕事は効率的だし、笑顔がいい。

空港玄関にはこの旅行中お世話になるガイドさんが待っていてくれた。ホテルにチェックインするまで付き合っていただいた。[ガイドのローズさんのブログ]
食事は回転鍋のお店へ!?鍋の食材が、あの回転寿司のベルトに乗って流れてきます。食べ放題の均一料金!飲み物は別だけど。
お店のまわりの道路は冠水しています。レストランが集中している地域はみんな水没して、営業している店が激減。旅行者は苦労しています。最悪、ホテルのレストランがあるから困りはしませんが。
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宿はTaraAngkor Hotel 。結構良いホテルだけど、日本のホテルと比べると値段は数分の一。天井は高いし、部屋も広い。見えないところは掃除してくれないけど。
スタッフがいつも笑顔で気持ちがいい。ここはネットで申し込みました。

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