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2011年5月

2011年5月22日 (日)

八丈島_2011/05/16

最終日。民芸品店へ。娘はおみやげ。僕はネクタイを買った。黄八丈ふうです。本物の黄八丈のネクタイは1万数千円。僕が買ったのは4000円(^_^;)。

昨日夕暮れに通りかかった際、娘が「なにか光ってる。鳥居が見えてた」って言っていたところを訪ねてみました。
優婆夷命神社でした。
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島の守り神です。質素ですが、丁寧にお守りをされているようです。社殿はなんと石造り。
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社殿の横にはキリシタン灯籠。
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そして、樹齢千年という大きなソテツも。
不思議な神社です。何回か前を通りかかりましたが、いつも何人かの人がお参りしていました。いまも、信仰が生きている神社のようです。
昨日何が光ってたんだろうか?

裏見の滝
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を経て「藍ヶ江港」へ。
裏見の滝の下方、港の上に「足湯きらめき」という無料の足湯があって、足を入れてきました。海が一望できる崖の上です。景色が綺麗、気持ちがいい。港のポールの上からかもめに見下ろされながら、長いこと入っていました。
港まで降りてみると、水の色は名前のとおり藍色です。深い港だけど、底の岩や海藻まで見えます。そして、遠くの岬の崖は地層がきれいに見えています。その端が溶岩?によって断ち切られています。これは火口の跡かも。
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古民家喫茶 中之郷
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裏見の滝の近くに「古民家喫茶 中之郷」というのがあり、寄ってきました。
名前のとおり、古民家をそのまま喫茶店として営業しているところ。縁側から上がります。板の間に座布団をしいて座ります。
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外は明るい光のなかに緑がいっぱい。気持ちのいいお店です。
落ち着きました。

地熱発電所
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この島の電力は、地熱発電をメインとしてまかなわれているとのこと。しかも公開施設もあるそうなので訪ねてみましたが、入口ゲートは閉まり、「閉館」の札がぶら下がっていました。発電所までは山の中の1本道で、その終点が発電所のゲートになっています。仕方ないので、ゲートの前に車を止めて、構内を何枚か写真に撮り、車に戻りました。写真とってる間、ゲートの向こうにいた職員が「申し訳ありません。本日は閉館しております。申し訳ありません。」と最敬礼し続けています。
構内ではメンテナンス要員だろうか、たくさんの人が構造物のあちこちにとりついて作業をしています。
ゲートから離れて、車に戻ったところに、広報担当だろうか、女性職員がゲートを出て車のところまで駆けてきました。記念品のキーホルダーを渡しながら、「いろいろご迷惑をおかけして申し訳ありません。」から始まって、ひと通りの発電所の説明をしてくれた。
今は電力の需要期じゃないので地熱発電所は定期点検のため稼動していないのだとか。ディーゼル発電機も需要期以外は稼動しないとも言っていた。あれ?じゃ、今は風力だけしか使ってないの?そんなことないよね?この構内には風力発電の風車は1基しかないようだし、八丈富士中腹の風車は5基あったけど全部壊れてたし。じゃ、どうしてるんだろうか?
持っているカメラのせいで、マスコミ関係者と間違われることが多いんですよね。まぁ、マスコミ関係者ではあるけれど。報道関係ではないんで。^^;
東電の社員は何事にも神経をすり減らして大変だな。

黒砂砂漠
何回も道端の表示を見て、「黒砂の砂漠?」どんなんだろう?と気になっていたので、道を折れてみました。最初のうちは舗装した道だったのが、だんだん狭くなってきて、途中からはレンタカーでは登れないような急坂になってきました。それでも気になるので、車を途中に置き、林の中を上りました。砂漠に行くのになんでこんな山登りするんだ?という疑問はありましたが。
いきなり、視界がひらけると、急角度の崖が遥か下、海面まで切れ落ちています。コワ~
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黒砂というのは、火山噴出物(多分、粒の細かい軽石)が、急斜面に厚く堆積しているものでした。ここで足を滑らしたら、下の海まで見事に滑落してしまうはず。
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綺麗だけど、怖い景色でした。
車までの戻りは、砂でズルズル滑る急坂をそろそろ降りていきました。

娘が、アクセサリーを探したいらしいので、歴史民俗資料館すぐそばのお店へ。
お店ではニャンコたちに大歓迎されました。

島の人達はみんなやさしい。世話を焼くのが好き。気持ちのいい島でした。
お肌ツルツル。ダイビングのあとは肌がきれいになりました。

島っていい!

すごく遠くに来たつもりなのに(事実、羽田からは300kmくらいあるんだけど)「都バス」が走っているし、パトカーには「警視庁」って書いてある。走っている車のナンバープレートは「品川」だ。
折角遠くまで来たのに、ここは東京?っていう思いはいつまでも引っかかっていました。

帰りの飛行機はA320でした。こちらは足元、ヘッドレスト、幅など、B737とちがってゆったりしています。

羽田からは、1時間ほど待って家の近くまで行くバスに乗り込み、渋滞のひどい高速を2時間半かけて帰りつきました。羽田から後が疲れた。

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2011年5月21日 (土)

八丈島_2011/05/15

この日は娘と二人でダイビング。水中カメラデビューです。
カメラはOLYMPUS PEN Lite E-PL2。最新型です。「水中モード」まであって、水中撮影に強いオリンパスならではのカメラです。これを水中ハウジングに入れるとずっしり重たい機械になりますが、水中では浮力のせいで重さはなくなります。だから、取り回しは難しくありません。ただ、液晶ディスプレイは、特別大きいわけではないので、これが難点。もっと大きくあかるければいいのに。

お世話になったのは東京港からの客船がつく底土港にある「シーダイブ」というお店。
潜ったのは、島の漁港の一つ、八重根港。陸の上から見ると、あんまり景色が良さそうでもないので、なんでここで潜るの?という感想。
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水際からいきなり数メートルの深さに切れ落ちていて、最初は恐怖心でうまく潜水できませんでした。しばらく、海面近くで時間をつぶし、落ち着いてから再度トライしました。
(ソラスズメダイ?)
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港の中は、前の宮古島の時より海底のアップダウンの激しいところでした。そして透明度もいい。青い光に包まれて景色もきれいです。
(チョウチョウウオ)
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体験ダイブと言っても、今回は体の動きはインストラクターさんにおまかせです。僕の背中をつかんだインストラクターさんがあっちこっちとひっぱって行ってくれます。ときどき写真撮影なんかのために、僕を水中に置き去りにします。そんときは、体がふわふわ浮き上がったり、訳のわからないことになっています。
(メジナ?)
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2本目潜ったとき、レッドデータブックのアオウミガメに超接近。目の前で寝ているウミガメを起こしてしまいました。
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それでも、おっきな目をしたカメさんが長い間、僕達3人に付き合ってくれたせいで、写真は何枚も撮れました。
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インストラクターさんも何枚も写真を撮ってくれていて、翌日にはホテルフロントにCD-ROMを届けてくれていました。
<↓これはインストラクターさんの写真 僕と娘が写ってます ったってね(^^)>
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カメさんと泳いでる時に興奮しすぎたせいか、疲れてしまったので、カメさんの姿が見えなくなったときに、陸にあがりました。
凄くラッキーな水中カメラデビューになりました。やっぱり大きなカメさんは華がありますね。

プレビュー見たところ、そこそこピントもあってるし、まったく初心者でこれだけ撮れればまあOKだな。カメラがよかったんだな。

ふと気がついたんですが、この島の海岸には漂着物がまったくありません。島の両側を流れる黒潮の流速は早く、すべて流されてしまうよう。東日本大震災の影響で多くの漂着物が打ち上げられている姿を想像していましたが、そんな様子はありませんでした。

昼食はショップの人に教えてもらった、またも地魚の店へ。今度はづけ丼を注文。やっぱり魚の張りがちがう。ほんとに美味しい。

娘が3本目を潜っている間、僕は八丈島歴史民俗資料館へ。
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元、東京都八丈島支庁舎だそうで、相当古い木造の建物です。明るい日差しの中、ヤシなどの中に、存在感を主張しています。
ここでも、学芸員の人に、いろいろな展示物について説明していただき、とても助かりました。
このような資料館では、なにかとっかかりがなくて、表面をなぜるだけで通りすぎてしまうことが多いのだけど、ここでは、色々なことに興味がわき、楽しいひとときでした。
特に、”江戸時代以降の流人と島民との交流と、文化の移り変わり”に力点が置かれており、最初の流人 宇喜多秀家に関する展示も、ボリュームがあります。
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娘がダイブを終わったところで、ショップの方推薦の温泉に行きました。
島の最南端あたり、「みはらし温泉」。名前のとおり高い岩の上の露天風呂からの見晴らしは最高です。休憩室にはタレントさんの色紙が何枚も貼りつけてあります。多分僕もテレビで見た覚えがあります。大変しょっぱい温泉です。

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2011年5月19日 (木)

八丈島_2011/05/14

土曜未明に多摩センター駅へ。
朝の4時、タクシーが迎えに来た。たった5分で羽田空港行きエアポートリムジンのバス停に着く。バスは4時35分発。30分間、夜明け前の寒いバス停で待ちぼうけ。空港についたのは6時前。(^_^;)早過ぎる~

6時に出発ロビーの上の階のカフェテリアが開店したのでコーヒーとホットドックをオーダーして朝食にする。
床がのべつ揺れているのが不快。いつになったら地震が落ち着んだろう。
飛行機は7時40分発で、八丈島着予定8時30分。B737-500は狭い飛行機だ。通路をはさんで3列3列の6列シート。 座席の幅も前後間隔も狭い狭い…めちゃくちゃ窮屈。しかも満員。

遠くの空は、晴れているのに低いところの空気は薄黒く汚れている。八丈島に到着するころまで同じ状態だ。どうして?
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八丈の空港についた。現地は快晴。刺すような日差し。でも、いつもさわやかな風があり、気持ちがいい。

まず最初、レンタカーを借りて、空港横のビジターセンターへ行った。
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広大な林のなかに建物がある。
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私たちを迎えたレンジャーは、私たちから「八丈島は初めてで、いま到着したばかりだ」ということを聞き出し、すぐにビデオの試聴室をセッティングして入門編を2本ほど見せてくれた。その後、展示品の説明もしてくれる。
10時半からの、園内のガイドウォークにも参加した。
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まるで熱帯林のような自然をいろいろ紹介していただいた。
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足元に黒いそら豆型の実がいっぱい落ちている。島木犀の実だそう。園内にたくさんある島木犀に、これまでだれも見たことがないほど(レンジャー談)大量の実がなり、専門家たちも遠くから見に来ているとか。どうしたんだろう。
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モンステラ
庭園では、ヒヨドリがめちゃくちゃ多くて、うるさい。

昼食は、地元でとれた刺身を出すお店を探して行った。パンフの地図がみんな適当で苦労したけど、刺身はすごく美味しかった。
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お店の外見は、地味で、飛び込みでは絶対に入らないようなお店。これ以降に入ったお店もみんなそう。でも、それがいい感じ。

八丈富士
街中からはどこからでも見えている美形の山が八丈富士。富士山型の山です。山の5合目ぐらい(?)のところに、ハチマキのように道路が巡っています。
「この島って動物いないんだっけ」「いたちがいるって言ってたね」などと言っていたら、またもや娘が「あっ」といって道端を指さします。明るい茶色の毛皮の塊が路肩を歩いています。しばらく路肩をとことこ歩いたあとで、トトトトと道を横断して、山側の路肩を歩きます。こっちのことをまるで気にしないように。
ゆっくり見ていたいからカメラは出しませんでした。だから写真はありません。
この毛皮の塊は、「いたち」でした。鎌倉とか室町とか、かなり古い時代に移入されたそうで、山の上の方で繁殖していると、ビジターセンターのレンジャーが午前中に教えてくれていました。
この島の野生哺乳類は、あとコウモリがいるだけだそう。

ハチマキ道路の途中に「ふれあい牧場」があります。そこからの景色が最高です。光がきれい、海もきれい。牧場の緑のなかに黒や茶色の牛が散策し、カラスが歩いています。なぜか壊れた風車が5基も並んでいます。多分風力が強すぎて破壊されてしまうんでしょうね。
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この島の電力は地熱発電がメインで、それに風力発電とディーゼル発電機ですべてをまかなっているのだとか。

八丈富士の次に、島の反対側、三原山をめぐる道を走った。こちらは普通の山道の感じ。途中に温泉がいくつもあり、漁港もいくつもあった。そのなかで島の南東端の「名古の展望台」に寄ったとき(洞輪沢港の上にある展望台ですが)、ひとりのおじいさんから「いらっしゃい」と迎えられ、漁港の昔の話をいろいろ聞かせていただいた。
20年ぐらい前までは、年に何回か数千頭のイルカが沖合を通過して行ったこと。また、同じぐらいの回数、沖で大きな竜巻が発生して、漁から帰れなくなったこと。トビウオ漁やテングサ漁など、戦後は考えられないぐらい好調で、皆裕福であったこと。近くの飲み屋に行くくらいでは使い切れなかったと。その金を使い闘牛が盛んになり、花や観葉植物の栽培をしてさらに儲かったことなど、いろいろな話を伺った。
いまは、華やかさのない静かな漁港で、聞いた話がにわかには信じられないが、細かく見れば、その片鱗はうかがえる。この漁港では波打ち際で約70℃のお湯が湧いていて、清水と混ぜてお湯に浸かるということが昔から行われていたこと。いまでも、これに浸かればいろんな病気がなおってしまうということも。最近はサーファーがよくつかっているとのこと。
1時間近くもおじいさんのおはなしを聞いた。突然、話しかけられびっくりしたが、この島の人はこんな感じ。特別な人じゃなかった。
朝鮮戦争の時は、海草を爆薬の原料にするとかで値段が急騰して、めちゃくちゃ稼いだという話もあった。
でも今はイルカは来なくなったし、なぜか竜巻も来なくなった。海草も全然取れなくなったと。

八丈ビューホテルに宿泊。もともと別のホテルを予約していたが、なんとその間に廃業してしまって、代理店が代わりの宿を確保してくれたのが八丈ビューホテル。ホテルのランクは上がったが、負担増部分は代理店が肩代わりしてくれた。しかもそれが、ホテルでいちばん大きな部屋。かなり高いだろうな。そこに格安チケットで泊まるのは勇気がいる。貧乏性だから部屋の半分はまったく足を踏み入れもせず。でもラッキーだよね。
窓からの景色は最高。正面は海。八丈富士も八丈小島もみんな見える。早い潮流の中、頑張って進む漁船や貨物船が見える。
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たった一日でも、密度が高くて消化不良。夕食の後、瞬く間に寝てしまった。
島の人は、ものすごく親切。ものすごく話好き。温和。とても気持ちがやわらぎます。

八丈についてからは地震が皆無で嬉しい。布団の中でとても気持ちが落ち着く。

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2011年5月13日 (金)

清里 清泉寮

ゴールデンウィークの真ん中 5月4日。じっとしているのもなんなんで??ちょっと清里へ

でも、朝6時半時点で、中央高速の下り渋滞は35Km。冗談じゃない(^_^;)
そこで、高尾から峠越えで相模湖に出て、渋滞の先頭、相模湖インターチェンジで中央高速に乗ろうとした。家からJR高尾駅前までは裏道を駆使、渋滞知らずでたどり着いた。しかし、高尾からは逃げ道なく、ベタベタの渋滞にハマってしまった。とうとう京王線終点、高尾山口駅前でUターンして、五日市街道経由、奥多摩周遊道路を通って奥多摩湖へ、そして青梅街道を走る。大菩薩峠を越えて勝沼盆地に降りた。これだと、まったく渋滞なしでスルスル走れた。景色もいいし。桜の花はまだだった。

高尾山口でUターンしたとき、ちらと見上げた京王線のホームでは、着いたばかりの電車から、溢れそうなほどの大量の山おじさんや山ガールが吐き出されていた。高尾山も大混雑だ。

勝沼インターチェンジから中央高速にのり小淵沢インターまで走る。高速道路の走行スピードは70~90Km/h。相変わらず追越車線を遅い車が占領し続け、渋滞寸前だ。

小淵沢についたら、娘の要求で「八ヶ岳リゾートアウトレット」に向かう。が、駐車場待ちの大渋滞にはまってしまった。あきらめて、むかしよくお参りした、「身曾岐神社」へ転進。以前、知り合いの方が神職をしておられた神社。数年前まではよくお参りしたのだが、かなりご無沙汰してしまった。今は、「ゆず」の北川さんの実家の手に移っている。昔は見かけなかった、若い女性の参拝者が目立つ。
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いまも変わらず、境内はきれいだ。
きもちのいい神社だ。以前と変わらず強い気が流れている。

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次に、清里の清泉寮へ。神社の次はキリスト教かい…って言わないで。 自分としては、なんの問題意識も持っていないんだから。
こちらも昔はよく宿泊に来ていたんだけど、最近はネコ連れの時に、食事に立ち寄る場所になっている。今の清泉寮は、オンシーズンには気が狂うほどの雑踏となって、落ち着ける場所ではなくなっている。
 ここに初めて宿泊したのは、30年ほど前、日帰りのつもりで清里に来たら、JRの駅前で白人の小学生二人にヒッチハイクされ、「セイセンリョウマデ ノセテッテクダサイマセンカ」といわれ、車に乗せてあげた。清泉寮のエントランスから建物を見とれていると、子どもたちは「素敵なところですよ。きょうも空室ありますよ」というのでフロントに行ってみた。そして、予定外の1泊をした。お客の大半は外国人で日本人客はわずか。外国旅行をしたような気持ちを味わった。職員はみなフレンドリーで、食事も美味しかった。
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夜の星空観測会、朝の自然観察会など、自然教育のプログラムが色々用意されていて、それらはすべて無料だった。
僕が、自然教育に目覚めたのは、ここに何回も来て、宿泊をしたためだろう。そののち、木内鶴彦さんの開く自然の学校につながるのだけど。
それ以降、毎年1~2回、宿泊していたが、10年ぐらい前から行かなくなった。
宿泊料金は毎年のように値上げされ、自然観察会などは高額の参加費が必要となった。日帰り観光客がソフトクリームを舐めながら宿泊棟の中を歩きまわり、室内でさえ静かではなくなった。
清里が女性誌で常に取り上げられるようになったからだ。マガジンハウス(当時は平凡出版か?)のanan 集英社のnonno の全盛時代だ。
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今も、中心の世代が中年手前の夫婦と小学生の子どもたちに変わったほかは、それほど変わらない。ブームになる以前は、敷地内の植物の持ち帰り、トレイル以外への足の踏み入れなどは厳重に禁止されていたのだが、今では駐車場の造成や屋外のレストラン新築・増築など、観光客に直接眼に触れる場所では、自然は大事にされていない。美しく野草が育っていた草原も、今は地肌がむき出しになっている。観光客が多すぎて、自然を保全することが無理になってしまってるのかもしれない。
敷地の中に町道を通し、交差点ができ、アスファルト舗装をした時点で、この方向は決まっていたのかもしれない。地域の発展と自然の保護の、どこにバランスを取るのかという問題なのだろう。

清泉寮は、子どもたちに自然を保全することがいかに大変で、素晴らしいことかをくり返し教える素晴らしいフィールドだったのだが残念だ。

今回、清泉寮の中にある「やまねミュージアム」に行きたかったのだが、4時に閉館ということで間に合わず。「八ヶ岳自然ふれあいセンター」に寄る。子どもたちがいっぱいだ。
シカの剥製など、いろんな標本に、直接触れることができる。だから「ふれあい」なんだな。

夕食は、清里駅前のグラタン専門店でとることにした。ガイドブックには、開店が5時と書かれていたので、ぎりぎり5時前に到着したが、入口ドアには5時半開店と張り紙があった。時間つぶしに駅前を散策する。
駅前は閑散としていたが、南米やタイなどの民芸品の店を見つけ、けっこう楽しめた。
再び5時半を過ぎたところでグラタンの店に戻ると、駐車場は満杯。席についたときには、ギリギリ満員になるところだった。あとから来た人は空席待ちになり、1時間待つことになった。危なかった。
僕はエビドリアを注文。とっても量が少なかったけれど(T_T)美味しかった。

食事後は八ヶ岳リゾートアウトレットでお買い物。(^_^;)
「アウトレット対象外」というタグのついた安くないリュックを買ってしまい、ほしかった靴がおあずけに。
結局美味しい物食べて買い物してっていう日帰り旅になってしまった。

帰りは、高速で一宮御坂インターチェンジまで高速で走ったが、「この先30キロ渋滞」という表示を見て高速を降りる。山を越えて、河口湖、山中湖を通り、道志川経由で帰りついた。

田舎道を異常に速く走る車の集団に入ってしまい、家についたのは夜11時過ぎ。予想外に早かった。

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