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2011年3月

2011年3月19日 (土)

新潟で地震にあいました(^_^;)

3月11日(金)新潟に行ってきました。
毎度の病院通いです。
あさ9時過ぎ、東京発新潟行きのノンストップ列車に乗ります。所要時間1時間40分。
この写真は、長い長いトンネルを抜けて、新潟平野に出たところ。
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そして、新潟駅前。(新幹線側)
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病院の予約は11時です。まず、12時前に一旦解放されました。

食事の後、ちょっと一休みということで新潟駅の喫茶店でコーヒーを飲んでいると、だんだんだんだん世の中が回ってきました。ふ~らふ~らふ~らふ~らと妙な揺れかたです。ひどい目まいがすると思ったけど、頭上のランプが同じように揺れているので、地震だとわかりした。水平動のみですが、遊園地の遊具のコーヒーカップのような、円を描く揺れです。最初のうち、地震に気がついている人はほとんどおらず、だんだん「アレッ」と声を上げる人がでて、最後のほうではジェットコースターのような歓声??が、お店の中で響きわたります。

「とうとう新潟名物の地震に遭遇してしまった」と思ったのだけれど、ネットで調べたらなんと、震源地は岩手県沖。しかも震度7!
新幹線や、その他の路線は全部止まってしまった。新幹線は1列車がトンネルに閉じこめられたらしい。
こりゃまずい とは思ったけど、今日は宿泊予定。2日連続で病院に行く予定。
僕にとっては、明日復旧してくれればいいのだが……
その後、いつまでも余震が続き、夜中じゅう何度も何度も揺れる。でかいのが来たらやだから、とうとう風呂にも入らなかった。

この日は娘にも会社にも電話が通じず、メールを送っても返事も来ない。このままでは不安に飲み込まれるところだけど、娘がtwitterにつぶやいているのがipodで確認できていたし、娘も、僕のつぶやきをtwitterで見ていたので、お互いに安心していた。twitterって偉大な技術だ。携帯はたしかに便利だけど、災害時には役に立たなくなる。

翌日の朝、病院に行き、午前中で診察は終わり。
新幹線は12時に復旧すると言っていたので新幹線改札前に行くと、14時復旧予定と表示されていた。
14時に改札に行くと16時復旧予定との表示。
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15時半に駅に行くと……16時と16時10分に全席自由席の臨時列車を出すとのアナウンス。

切符は持っているので、速攻改札を抜けて2本目の列車に乗り込みました。

列車は、2階建て。通路の両側が3列シート、つまり1列が6人がけ。肘掛なし、リクライニングなし。見たこともない車両でした。出発前に満席になります。

車内では「先行列車が危険の有無を確認しながら徐行運転をしており、まだ十分に距離が離れておりません」ということで待機し続けましたが、発車したのはアナウンスより30分遅れの16時40分。
発車後も「東京到着予定時刻は不明です」と言い続けています。

結局、新幹線としてはかなり遅いスピードで各駅に停車しながら21時に東京に到着しました。
所要時間4時間とちょっと。往路の3倍の時間がかかりました。
東京駅から家までの鉄道も、その頃には復旧していました。

結果的にはそんなに大変なわけではなかったんですが、いつ動くかわからない新幹線を前にして、ずっと駅の近くに詰めており、何回も改札前に情報をとりに通ったのは、かなり疲れました。

この日以降の通勤地獄のほうがはるかにきつい思いをすることになります。

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2011年3月 9日 (水)

高尾山から城山・小仏峠

毎回高尾山だけでは芸がないので、高尾山から足を伸ばしました。
ホントは、高尾の駅前から出る陣馬高原下行きのバスに乗って陣馬に登り、そこから高尾に足を伸ばそうと思ったけれど、タッチの差でバスをのがしてしまったので、逆コースに挑戦しました。

お昼12時ジャストに高尾山麓の薬王院の駐車場に車を止め、いつもどおり登り始めます。
今日は、山ガールが多く、それとは別に、本格的な山装備の女性も多い。なにしろ、最近は壮年の女性も含めて女性の登山者がずいぶん多い。そして、そのなかの何分の一かは、すこぶるマナーが悪い。まあ、しょうがない。
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今回は、犬連れの人がまた多かった。
山のタヌキたちは、疥癬など、犬から感染した伝染病に苦しんでいる。できれば、人里に暮らす犬たちは、野生動物の領域には連れてきてほしくないものだ。

僕は、別の意味でも、山では飼い犬に会いたくない。(飼い犬=愛玩犬ね 山でお仕事している犬のことまでは言ってません)
山道で犬に出会うと、その前後かなりの間、野生動物の気配がぱったりと消えてしまう。狼に対する恐怖がよみがえるのだろうか、みんな、息をひそめて隠れてしまう。それでは、山に登る楽しみの半分が消えてしまうのだ。

今回は、山頂から紅葉台を通り、一丁平から城山山頂を経て小仏峠、青梅街道の旧道をたどって小仏バス停まで降りた。

この日は、笠雲を戴いた富士山が肉眼ではうっすらとみえていた。そこに富士山があると知っている人にしか見えない程度に。
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1時半頃、高尾山頂から西に向かって山を降り、紅葉台の売店のテラスでのんびり甘酒を飲む。高尾山の遊園地のような喧騒と違って、いかにも山に登ったという雰囲気がいい。遠くの山々が空気遠近法のようで美しい。このとき2時頃。でも、光は夕景に近付いている。
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ここからさらに西に進むが、足元が濡れてグズグズ、ツルツルになっており、進むのに難儀する。どうりで、すれ違う登山者は、足元をがっちりかためた山装備の人しかいない。そうでなければ、斜面を滑り落ちてしまう。肝心なときにアイゼンを持っていなかった。残念。
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たしか、木曜金曜は雨が降ったから、そのためにぬかるんでしまったんだろう。

20年ぐらい前に逆コースを何回かたどったことがあるのだけど、その時は広々とした気持ちのいい山道だったのだが、今回はきっちり階段が整備され、道の中央部以外はロープで規制されて通れなくしている。とても消耗する山道だ。山歩きの便宜をはかるというよりは、山体を崩さないための工事がなされたのだろう。
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一丁平を過ぎ、相模湖への分岐を過ぎると、すれ違う登山者の姿が無くなってしまった。3時ぐらいだからそんな遅くないと思うのだが、足元が悪すぎたようだ。
尾根を歩いている間、異様に寒いところもあり、あら~ ちょっと怖いかも(・.・;)…って思うようなところもあったけど、大体において、明るくて、遠くの山々が見通せる景色のいい山道だった。

城山山頂では、また一休み。売店でコーヒーを注文する。山小屋でよくあるようなインスタントコーヒーではなく、ちゃんとしたコーヒーだった。ここでも、テラスでゆっくりしていると、かわいいネコが、リュックの中に美味しい物ありませんか?って寄ってきたけど、あげるものなかったから、無いよって言ったら、あきらめて寝転んでいた。
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眼下には、相模湖と大渋滞の中央高速が見えている。もう上りの渋滞が始まっている。
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高尾山稜と青梅街道が交わるところが小仏峠です。やたらと狸の置物が置かれている峠の地下を中央高速道とJR中央線が通っています。
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日が暮れてしまいそうになったので、峠から旧青梅街道を東京方向に下って小仏バス停に向かうことにしました。4時頃です。ヌチャヌチャの山道に疲れたってこともあるんだけど。
峠から下の街道は、しっかりした歩きやすい道で、助かりました。
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山を降りたところは、小さな駐車場のようになっており、ここまで一般車両が入れます。
で、この広場の横にケーブルカーの廃線…駅の跡があった。線路もケーブルを支持するプーリーも残っている。あとでネットを調べたけど、この廃線がなんなのか見つけることができなかった。
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2011年3月 3日 (木)

2月 2回目の高尾山

また高尾山に行きました。
この日は、点検修理のためケーブルカーは運休中。リフトは稼動しています。
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前回と同様、山はそれほど混んでいません。
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登山コースはいつもどおりの稲荷山コース。
天気は晴れだけど、東西南北は白く濁って、周囲の山々は見えず。新宿も見えない。
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八王子の町の方は空気が汚いな。都心より薄黒い。

登頂後、茶店で今回は山菜そばを食べる。美味しかった。

下山はいつもどおり薬王院の奥の院から本社、本殿、山門を経由して、ケーブル駅へ。駅からは舗装された下山路を選びました。
途中、本社の前で、目の前30Cmのところにキジバトが舞い降りて、僕の顔を見つめる。なんかご用?
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この舗装路は、はるか昔に1・2度使ったことがあるだけの道で、足には厳しかった。勾配が急で、つま先に常に体重がかかり、足先が痛くてたまりません。しかも、コンクリート舗装なのでクッションがありません。
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途中から道は谷あいに下りていき、ずっと日の当たらない道になるのだけど、ひんやりを通り越して寒いし暗い。

この道は、次からは通るのよそう。

帰ってから足を見たら、見事に靴ずれ。下山の道では靴紐をきつく結びなおさなきゃいけなかったんだけど、靴自体が小さめなので、やらなかった。富士山とか、他の山で平気な靴が、この道じゃ通用しないなんて…

今度は筋肉痛になってしまった。下山がきつかったからだな。

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