« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

2008年2月26日 (火)

多摩動物公園 ユキヒョウとレッサーパンダ

日曜の多摩動物公園

動物ってかわいい

ユキヒョウのあくび

Fuyucamera_006

Fuyucamera_017

Fuyucamera_020

レッサーパンダ

Fuyucamera_057

Fuyucamera_087

Fuyucamera_107

そしてワラビー

Fuyucamera_155

Fuyucamera_161

この日は強風で、お客もまばら。

飼育担当者の人たちもサービス満点。






| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月23日 (土)

日暮里から美術館めぐり2から試写会「ジャンパー」

Fuyucamera_063

京成電車の旧博物館駅の遺跡(^.^)横を通り、東京国立博物館に到着。
特別展 陽明文庫創立70周年記念「宮廷のみやび―近衞家1000年の名宝」を見ていく事にします。

Kyuuteinomiyabi

ただし、絵巻や墨蹟、雛人形などの展示は、僕には基礎知識のまるで無い分野で、よくわからないまま会場を出てきてしまいました。

時間がまだ早いので、久しぶりに東京国立博物館内の法隆寺宝物館に行きました。

Fuyucamera_099

ここのカフェでゆっくりしようと思ったんです。普段、ここは完全に穴場で、いつも静かで気持ちのいいところです……がっ、この日は違いました。中年のおばさんたちの「ガハハ ガハハ」という腹に響く笑い声が渦巻いておりました。だから、展示を見てから建物を出ました。(~_~;)

法隆寺宝物館は、むかしは毎週木曜日で、しかも天候が安定している時しか開館しませんでした。高校から東京で一人暮らしをはじめたぼくは、どうしても法隆寺宝物館に行きたくて、ある木曜日に学校をさぼりました。以前から行きたかった宝物館で、長く時間をかけながら展示物をみていると、「XX君!こういうことに興味があるのか?」との声が!!
ドキッとしながら振り向くと長身の院長先生(校長先生のことです)が立っています。てっきり雷が落ちるかと思えば、「こんど院長室にあそびにきなさい」って言われました。この先生、大学では東洋美術史の教授で、法隆寺宝物館はちょうどその守備範囲でした。これ以来、先生にはいろいろ気にかけていただいて、結局僕は大学で美術史学科に進学することになりました。

Fuyucamera_115

あとは山手線と都営新宿線を使って、九段下の九段会館に行きました。ここが試写会の会場です。
映画は「ジャンパー」娘と会場前で落ち合い、開場時間の6時に入り口に行きました。会場は超満員で、観客の期待のほどがわかります。

お話は、ある日、空間を瞬間移動することを覚えた青年の物語。
秋葉原やら渋谷・六本木・銀座とか日本の景色もいっぱい映る。
でも、なんだか周辺の設定が甘いような……どうなんだか……むにゃむにゃ

終わったあとは、座席の狭い足元に絶え続けた足がばらばらになりそうだった。
ここの座席の間隔は狭すぎる。なんとかしてちょうだい……

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日暮里から美術館めぐり1

そろそろ一ヶ月ぐらい休みなし!そろそろ頭のほうがどうにかなりそうだったので、午後半日、仕事を休みました。夕方6時半から映画の試写会があるのでそれまでの間、時間つぶしします。
そこで、前から行きたかった朝倉彫塑館にいく事にしました。

最寄り駅はJR山手線の日暮里駅。上野駅から2駅目。
駅からごく近くに朝倉彫塑館はありました。周辺の住宅に溶け込んでいます。ただ、玄関前や屋上にブロンズの裸体が何体もたたずんでいるところが異様といえば言える。(~o~)
彫刻家 朝倉文夫の旧宅・アトリエが、今 台東区の管理で朝倉の代表的彫刻群と共に公開されています。

Fuyucamera_021

Asakurachousokan

玄関で入館料を支払い、最初にアトリエに入ります。
あらっ!「大隈重信候」の銅像がある。それも、早稲田大学正門入ったところの銅像だ。

Ookumakou

あれが、朝倉文夫の作品だったんですね。ほかに中学などの美術の教科書で見た事のある彫刻が何体もある。
「墓守」「ジュピター」「進化」……
この方の作品は、青銅という素材を感じさせないやわらかさと滑らかさがある。
非常に抵抗無く見る事が出来ます。
やさしさが感じられます。僕の好きな彫刻家です。

アトリエを出て次は2階へ。
2階には猫の彫刻が十数体。猫だらけです。朝倉文夫は猫を十数匹飼っており、アトリエは猫屋敷だったそうな。そして、猫の彫刻を100体は作るつもりだったそうです。
ほんとに猫が好きだったんですね。
この部屋に猫好きの人が入ると、ほんわり癒されます。

次3階に上がり、さらに屋上に。
屋上でも、屋根の端っこに裸のおにいさんが腰掛けてます。
壁の上にコンクリートで作ったおじさんもいます。

Fuyucamera_029

屋上からは東京の下町の景色が見渡せます。いい景色でした。

朝倉彫塑館をでて、上野の山のほうを目指します。

途中、「猫にであう町」なんてかかれてましたけど、会えませんでした。

すぐに「SCAI THE BATHHOUSE」に行き当たる。美術雑誌などで見て前から知ってはいたものの、こんなトコにあるとは知らなかった。

Fuyucamera_051

Fuyucamera_053

もと銭湯だったところを、建物そのまま手を加えずにギャラリーにしたものです。
いまは3/1(土)まで横尾忠則さんの「横尾忠則の壺」という展覧会を開催中です。
壺ってなんだ?ひょっとして…………※▽■×

入り口にプリンセス天功さんからの花が届いていました。(^.^)

Fuyucamera_042

さらに行くと台東区の下町風俗資料館があり、東京芸大の美術学部と音楽学部の間を通る。この日は残念ながら大学美術館は休館日。
音楽学部のほうの奏楽堂では6時からコンサートだそうな。聞きに行きたかったけど、映画の試写会とバッティング。あきらめる。

さらに、東京国立博物館 黒田記念館の横を通ります。ここは木曜と土曜だけしか開館していません。この日は水曜日だったのでアウト。一度来て見たいんだけどな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月19日 (火)

日本カメラ博物館

休日出勤の日曜、昼食時に半蔵門にある「日本カメラ博物館」にいってきました。

Fuyucamera_011

麹町から半蔵門にいたる、超高級住宅街のビル内にあります。
上階は出版社の「宝島社」。道路から直接階段を下りて地下1階が博物館のエントランスになっています。

この時は特別展「デジタルカメラ ヒストリー」開催中でした。
平常陳列の大量の歴史的カメラたちとともに、世界初のデジタルカメラから現在のものまで、こちらもまた平常陳列に負けないぐらいたくさんのカメラがぎっしり陳列されている。
中でも、草創期のプロ用一眼レフ…当時100万~200万円した機械もずらずら展示されている。
この時代は、デジカメなんて自分が持つようになるとは考えてもいなかったころ。
今では、このような高級デジカメでさえ10万円~ぐらいで買えるようになっている。
まだ数年の歴史しかないくせに、ここに展示されているカメラたちは、遥か昔のもののように見えています。

かつて、僕が使っていた24万画素のカメラも140万画素のカメラもガラスの展示ケースの中に収められています。そして、全体の流れの中での占める位置が解説されており、改めて技術革新のすばやさを感じさせられます。
デジタルカメラの歴史を語るときには、外国のカメラがほとんど登場せず、日本のデジカメの歴史は世界の歴史だ…といってしまえるぐらいであることがわかった。

Cameramuseum_3

もうすでに、会期が終わってしまったので、これを見た方も、駆け付けることは出来ません。_(._.)_
でも、平常陳列だけでも大変興味深いです。特別展は無くても十分時間が過ぎ去ってしまうはずです。(私なら(^.^)

なにしろ、収蔵品の数が莫大なようです、きっと、多くの愛好家やメーカーの協力で支えられている博物館なのでしょう。

今月はまだ休みが取れない

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月16日 (土)

炭素化炉の特許 認可

彗星捜索家、木内鶴彦さんの講演を聴いてきました。

今日の話題は、つい先日認可の下りた木内先生の特許について。

先生が数年前に特許申請していた「炭素化炉システム」についての特許です。

この「炭素化炉」、ちょっとものすごいものです。

木内さんは天文家であるだけに、その発明品は天文用具の発展したものというか、反射望遠鏡そのものです。この場合、天体望遠鏡を使用する目的が天体観測ではないのです。
廃棄物処理のために天体望遠鏡を流用したシステムの発明です。

廃棄物は透明な容器の中に収め真空にしておきます。
巨大な反射望遠鏡を太陽に向け、入射光の焦点に廃棄物を置きます。
それで、廃棄物の処理は終わります。

処理後に残る物質は、純粋な炭素、水素など、ペットボトル等石油化学製品はナフサに、などに分解されてしまい、二酸化炭素などの排ガス・有毒物質の心配は一切無しとのこと。
太陽光を利用しているので燃料費は無料。ダイオキシン等の処理もできるし、理論上は核廃棄物の処理も可能……と。
※核廃棄物の処理は、まだテストを実行していないとのこと。

いままで問題になっていた、ごみ処理施設から発生するダイオキシンの問題や、核廃棄物の処理、その他もろもろの毒性物質(毒ガス兵器も含む!)の処理など、すべて解決する上に、有害排出ガス・有害生成物もないという革命的なもの。

ここで生成する純度の高い炭素や水素は、そのまま産業用に利用が可能。
炭素は大変価値の高いものだし、水素も水素自動車に供給するなど、いろいろな活用法が期待できる。

水素を利用した燃料電池により、あるいは太陽熱そのものによって発電することも可能。いずれも無公害です。その電力は同じくここで生成する高純度の炭素を使った電池に充電することで、家庭電力を電灯線に代替して使用することもできます。この電池を自動車などで使用するなら、ガソリンの使用量を削減できます。

ナフサは再利用して石油化学製品の製造原料にまわせば、その分の石油の採掘量がが削減されます。つまり、石油化学製品が本当にリサイクルできることになります。

高温で処理することで多くの毒物の無毒化するなどを目的としたプラズマ炉が開発中だが、こちらは炉の耐久性の問題で数年毎に炉の作り直しが必要なほか、専属の発電所が必要なほどの電力を消費するとかで、構築・維持ともに莫大な税金の投入が必要になる。
そういう意味でも、「炭素化炉」は環境を守る廃棄物処理として画期的なものになりそうだ。

地方自治体や外国政府・自治体がすでに導入を検討中とのこと。このシステムを海外への販売することが出来れば、究極のエコビジネスになると思う。このシステムの将来を期待したい。

※お願い※------------------2008年7月27日追記

この記事のコピーをブログに掲載される方が増えております。もし、コピーを掲載されるときは、この記事をコピーしたものであることをブログに明記されることをお願いいたします。

よろしくお願いいたします。

-------------------------------------------

| | コメント (7) | トラックバック (1)

2008年2月12日 (火)

靖国神社 遊就館

3連休、全部休日出勤になってしまった。今日はその最終日、建国記念の日。
昼休み、近所の靖国神社にこわごわ行って来ました。

上空はヘリコプターが何機も飛び、靖国通りは右翼の街宣車と警察の機動隊の装甲車が行進する。ちょっとすごい騒ぎになっている。
神社のそばは、街宣車がいっぱい路上駐車している。道を歩く間、第二次大戦の時の将軍や士官、航空兵などの格好をしたおじいさんたち、何人もすれ違う。
神社の境内では、何百人の戦闘服を着たおじさんたちがたらたらと整列して、参拝の順番を待っている。おじさんたちは、順番が来ると、いきなり何本もの大きな隊旗と日の丸を先頭に、参道を占領して行進を始める。

Fuyucamera_007

ただ、みんな幾分がにまたで、しゃきしゃきした感じが無い。中にはシャツをズボンの外に出していたり、ベルトをせずにだぼだぼのズボンを下にずらしてはいている人がいたりと、どうにも統制がとれてない。まぁこのほうがいいかもしれない。
そして、参道脇には、外国人のジャーナリストだろう人たちがいっぱいビデオカメラをかかえて取材している。

Fuyucamera_028

巨大鳥居をくぐり、神門をとおり、拝殿の前まで来る。今日は人出が多いだけに、日ごろのピシッと張り詰めた雰囲気ではなくちょっと雑然とした雰囲気だ。
拝殿で参拝する人は5列ぐらいに並び、前から順に参拝しては整然と入れ替わっていく。(こんな参拝の仕方はじめて見た)拝殿の奥、本殿では、たくさんの人が昇殿しているようだが、拝殿からは遠くてよくは見えない。まして、神殿がどんなになってるのかなどはまったくわからない。

と、いきなり大きな号令が聞こえて振り向くと、私たちの後ろに陸軍の指揮官が直立して歌い始めた。

Fuyucamera_016

その後、指揮刀を抜き放って参拝し、回れ右をして帰っていかれた。みんなしばらく呆然と後姿を見送った。

Fuyucamera_022

実は、靖国神社には遊就館という博物館がある。こちらがリニューアルしたので来て見たかったんです。

Fuyucamera_031

だいぶ以前にも来たことがある。全館戦没者の遺言・遺品・遺影で、大変重い展示であったことを覚えている。
今、リニューアルされて、これらの展示は新しくきれいに展示しなおされているのですが、太古からの軍事にかかわる事項が、時代順に展示されています。特に戊辰戦争以降、靖国神社にまつられている神たちのかかわる戦争についてはかなり広く展示されている。
そのほかにロケット戦闘機や特殊潜航艇や特攻艇など、ほかでは見られない収集がなされている。
日本では軍事にかかわる博物館が無いに等しいので、ここは貴重な博物館だと思う。

子供たちに戦争について教えようとしたときに、ここ遊就館につれてくればいい。戦没者の遺品・遺言を見せれば、戦争の悲惨さ悲しさは瞬時に理解できるはずだ。この上何の説明もいらない。

館内には、売店もずいぶん垢抜けて品揃えも豊富になっていたし、きれいなレストランも出来ていた。

時間が無いので、展示はさっと眺めるだけで出てきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月10日 (日)

2/9 多摩の雪

今日、休日出勤で都心にいました。
午後になって、小雨が降りだし、異常に寒い。
そのうちにべたべたのボタン雪に変わった。
夜八時、そろそろ帰らないと、家のほうはやばいかもって帰り支度。

新宿で電車を待ってると、多摩から来た電車の屋根が雪でまっ白。ホームに雪をばさばさ落としながら入線してきてびっくり。
その電車乗って家の近くまで来ると、一面銀世界。電車のタイヤが時々空転してる。

Fuyucamera_016

Fuyucamera_019

途中の乗換駅では線路の積雪が10センチを越えてた。

うちのほうは、駅から標高にして数十メートル上らなきゃいけないので、雪はとっても困る。つるつるすべる。おまけに、当方足が故障中。(足の甲を骨折中(:_;))転んだらヤダから、タクシー乗り場に並んだ。今日はタクシー大繁盛で行列が100メートルほどにもなっている(^_^;)
それでも20分ほどで順番がまわってきた。
タクシーのドライバーに「XX山のXXまで」っていうと、「すみません、もうそこまで車は上がれなくなってしまいました。歩いていってもらえますか?すみません」だって(~_~;)
しょうがないから、滑らないよう滑らないよう慎重に歩いた。
家までの道が長かった。
そして、タクシーのドライバーが言ったとおり、家のほうまで上がってくる車はいない。
静かな静かな住宅街。きれいでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 3日 (日)

パソコン修理

土曜日、休日出勤のついでにパソコンを修理に出してきました。
機種は、SONY VAIO U1
Vaiou
満員電車の中でも使えるというのが売りで出てきたモバイルパソコン。2002年の発売だから、まだ6年。だけど、相当酷使してきたし、基盤とっかえ2回。HDD交換1回。バッテリー交換1回、キーの交換2回。結構お金はかかってる。

処理スピードは、めちゃくちゃ遅い。でも、この小ささは捨てがたい。
同年代の老眼おじさんたちは、ディスプレイが小さすぎて何が表示されているか判らないって言うし、キーが小さすぎて同時にいくつもキーを押してしまうって言うから、誰でも使えるパソコンじゃぁ無い。(^_^;)。相手が同世代であれば画面を覗き込まれる心配も無い。(*^_^*)

修理の理由は……キーボードの最上段、「F7」キーが、はがれてしまったこと。
ボディが薄いだけに、キーも紙みたいに薄い。うちのニャンコが、よりにもよってキーボードにつめをかけてジャンプしたもんだから、キーが弾け飛んでしまった。(~_~;)
取り付けも、デスクトップのキーボードと違って、すごくデリケート。パンタグラフみたいなバネが、ぶち切れてるよう。

もう一点、いくつかののキーを押すと画面がガラガラ変わりだす??という症状があって……ウィルスか? ウィルスよけは万全だったはずなんだけど……。こっちも手に負えなくなってました。

持ち込んだのは、ソニーの秋葉原のサービスセンター。
順番カードを取って、30分ぐらい待たされた後、パソコンを見せました。
窓口のお姉さんによると、キーは単体の取り付けは出来ないのでキーボート丸ごと交換になりますって言う。前、はがれたときは単体で取り付けしてくれたのに??
キー入力による異常動作は、理由がわからないので調査しますってこと。

とりあえず、見積もり依頼しました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »