« 1/1 神戸港 | トップページ | 1/3 奈良 »

2008年1月 9日 (水)

1/2 奈良

奈良は大混雑
娘が阿修羅像を見たいって言うんで奈良へ。電車で出かけるつもりだったけど、出発が遅くなったので車で出かけた。
駐車場は軒並み満車。奈良町の中の小さなコインパーキングに空きをみつけて駐車。ちょうど元興寺の向かいあたりだ。
奈良の街中なら、中学・高校から大学生にかけて、いやというほど歩き回ったから、かなりなところまで知ってる。とくに、変化の少ない街中なら。だけど、昔はコインパーキングなんてなかったから、めくらめっぽう街中に突っ込んでいって正解(^.^)

近所の旅館には、伏見工業高校など、ラグビーで有名な高校の旗をひらめかした旅館が並んでる。花園ラグビー場あたりで全国大会やってるんだろう。興福寺の五重塔の下を、真っ赤なジャージーを着た体格のいいやつらがうろうろしてる。

興福寺

Fuyucamera_093 境内に入って、東金堂を拝観した。









Fuyucamera_099 以前、ここに入ったの何年前だろ。もう20年か30年入ってないだろう。お堂の中がどんなだったかちっとも覚えてない。
脇侍の銅造 日光・月光菩薩像は飛鳥の山田寺から仏頭といっしょに運び込まれたもの。白鳳時代。それぞれ薬師寺のもののように本尊側に腰をひねっている。ちょっと似てる?
ただし、薬師寺金堂の三尊と比べては、だいぶ表情が硬い。同じく興福寺に収蔵されている山田寺の仏頭とも、だいぶ表現が違う。でも、飛鳥寺の大仏などとは全然別次元の写実的な様子を見せている。
これらは東金堂が源平の争いの最中、平重衡の兵火により焼失したため、かわりに興福寺の僧兵が山田寺から強奪してきてここに据えたらしい!泥棒じゃん!!仏様はそれを許されるのか???

以前は、廃絶したお寺の仏像を引き取り、安置していたのだと思っていた。多分、お坊さんはそんな風に言ったはずだ。全然違うじゃん!

これらの本尊・薬師如来は、時代が下って室町時代。
建物(東金堂)が室町時代だから、同じころの造像だろう。
ということは、ここには創建当時の仏像がまったく残ってないっていうことだ。

娘の見たかった阿修羅を求めて国宝館
あまりにも何回も来すぎてあまり感想は無し(^_^;)
たしかに阿修羅は素晴らしい。いっしょに並んでる迦楼羅、五部浄なんかも素晴らしい。若く、憂いを含んだ顔を前方に向け直立している。最近流行の照明でもって、ガラスケース無しで拝観させていただければいいんだけど。
いつも同じことを思うのだけど、例の山田寺仏頭が、ここ国宝館に展示されている。山田寺から強奪されて東金堂に安置された後、室町時代の火災で頭部だけが焼け残った。実に単純なすっきりした質感の仏様だ。完全な姿で残されていたら、きっと美しい仏像だっただろう。

東大寺
奈良国立博物館の敷地を通り抜けて東大寺の南大門へ。
Fuyucamera_116
人が大混雑をしている中で、いつもたくさんの鹿が、観光客を脅かして鹿せんべいを召し上げているはずが、この日はおとなしい。
観光客が鹿せんべいを鹿の顔の前に持っていくと、めんどくさそうに顔を背ける。
どうも、鹿せんべいを食べ過ぎて腹いっぱいになってるようだ。

Fuyucamera_120 そのくせ、僕が、参道の露店で買ったお好み焼きを食べてると、頭を下げて「それ食わせて(^・^)」ってやってきた。
ソースいっぱいぶっかけて、肉やら卵やら入った食べ物が鹿にいいわけないから、断固として拒否したが、いつまでもお願いされ続けた。腹いっぱいなんじゃなくて、せんべいに飽きてしまったようだ。

大仏殿の前を通った時点で、「4時半で拝観受付を終了します」っていうアナウンスが流れていたので、大鐘楼から2月堂を通って帰途についた。
Fuyucamera_142
大鐘楼あたりの鹿たちは、このときもまだ鹿せんべいよこせって、観光客をおどしてた。

|

« 1/1 神戸港 | トップページ | 1/3 奈良 »

文化・芸術」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

神社・仏閣」カテゴリの記事

奈良」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 1/2 奈良:

« 1/1 神戸港 | トップページ | 1/3 奈良 »