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2007年7月

2007年7月28日 (土)

PHP新書 京都の寺社 505を歩く

PHP新書 京都の寺社 505を歩く 上巻 ISBN978-4-569-69547-8・下巻 ISBN978-4-569-69548-7
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京都の寺社505も掲載されているんだったら、実家の近所のお寺も載ってるかな?と思って買ってみたら、載ってないの……(^_^.)

実家の前のお寺なんて、本願寺の別院で、相当大きいところなんだけど……。京都の寺社って、ほんとにいっぱいあるんですね。
たしかに、観光ガイドとは一味もふた味も違う案内書です。
最近あたりまえのビジュアルはきれいだけど、中身が薄い……というか、記事は食べることと買い物ばっかり……なガイドブックにご不満な方には最適!(^_^;)

子どもの時、遊び場にしていた松尾大社は載ってました。「天平2年に朝廷から大社の称号が与えられた」なんて、そんな格式の高いところだとはしらなんだ。
広い境内が、白い砂で整えられたきれいな神社で、僕たちは自転車をわざとすべらせながら、思いっきり走りまわりました。砂の上でのボール遊びも楽しみました。神官に追い払われても、姿が見えなくなったらすぐに境内に戻って夕方まで遊びました。その神官のことを僕たちは「悪者の手先」になぞらえて、逃げ回ったり、砂かけたりしてました。(ひどい…)

今にして思えば、いやなガキだったんですね。神官の皆様方、ごめんなさい。_(._.)_
神様 ごめんなさい_(._.)_

反省してます。ほんとに

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2007年7月27日 (金)

熱海(3)池田満寿夫・佐藤陽子創作の家

池田満寿夫・佐藤陽子創作の家
熱海駅からMOA美術館へ行く途中。駅から歩いて行けるぐらいの所に池田満寿夫さんと佐藤陽子さんの旧宅があります。そこが、今は「創作の家」という名前で公開されています。
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佐藤陽子さんの練習場と池田満寿夫さんのアトリエ、そして居間からオーストリア製トイレまで(使用禁!(^_^;)公開されています。

昔の池田満寿夫さんの出演したテレビ番組のビデオなども流されています。
池田さんのアトリエには、生前使っておられたスチルカメラやビデオカメラ、パソコンやデジタル機器がいっぱい置かれていて、興味深いところです。

居間からは、相模湾の景色との間に衝立のような巨大なマンションが立ちはだかっていて残念だが、それにしても熱海の暖かな光が降りそそぐ素敵な家です。
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なぜか、生活臭があまりしない家なので、池田満寿夫さんや佐藤陽子さんに思い入れのある人じゃないと、訪ねても面白くないかもしれません。アトリエにしたところで、絵具が部屋中にこびり付いてるわけでなく、デジタル機器がゴロゴロころがっている広間なわけで、かってな思い込みを裏切ってくれます。

帰りの時間まで、居間でコーヒーをいただきながら寛がせていただきました。
※家の中は撮影禁でした 残念!

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2007年7月25日 (水)

熱海(2)伊豆山神社

伊豆山神社
長大な階段のほとんど終点近くを道路が横切っていて、そこにバス停があります。
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おかげで死ぬ思いをしなくても参拝できます。(^_^;)
階段を登りきると、有名な神社とは思えない、ほんとに地味なたたずまいの境内があります。
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ここはご存知の通り伊豆に配流された源頼朝の後ろ盾となったところ。さぞかし立派な建物が並んでいるのではと思っていましたが、想像とはことなる静けさです。参詣者もわたしのほかには老夫婦が一組とおばあさんがひとり。

お参りをしたのち郷土資料館へ行きました。
郷土資料館は境内にあり、まるで神社の宝物館のようなところです。
境内にもどると男女数十人の若者たちが、騒いでいます。写真を撮り合ったり、走り回ったりしてとってもにぎやか。
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あとからも、超ミニスカートの女性二人連れや、女子高校生などが急な階段を上がってきます。^^;
なんか雰囲気に合わないなと思いながら社務所のところに行くと、女性向け旅行誌の切抜きが貼り出してありました。
「超強力 恋愛に効く神社!」という記事。
伊豆山神社が大きく取り上げられています。
ほんとかいな。雰囲気違いすぎ……??? ^^;
ここはイザナギ・イザナミが祀られているので、そうなったんでしょうか?

熱海市立伊豆山郷土資料館
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展示品のほとんどは仏像など仏教関係のもの、ほかに伊豆山神社の神像が4体?
ここは神仏習合の社で、神社になったのは明治時代からのこと。修験道の色彩の強いところのようです。
源頼朝が頼ってきた頃は、この神社には何百人もの僧兵や神官がおり、城砦のように守りを固めていたのだとか。ただの神社じゃなかったんですね。
資料館は、神社が所持しておくのはなにかと問題がありそうな仏教遺物を保管するため、公立の展示収蔵施設を用意したんでしょうね。
小さな資料館ですが、話し好きのおじさんが受付にいらっしゃって、いろいろ話していただきました。

※バス路線は、熱海駅前のターミナルから、いくつものの系統のバスが、10~20分間隔で運行されています。

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2007年7月23日 (月)

熱海(1)MOA美術館

MOA美術館「華麗なるアール・ヌーボー アール・デコの世界 ガレ・ドーム・ラリック」

ここはものすごい美術館だ。駅からMOA美術館行きバスで数分、熱海駅裏の山を登る。
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終点を降りて山の中腹に開いた大きな入り口を入ると、そこからが凄い。長大な地中エスカレーターでさらに標高の高い美術館展示館に昇る。エスカレーターの入ったチューブ型の通路の天井は、常に照明の色が移り変わり、ヒーリングミュージックが流れている。
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俗界から別の世界に入っていくような演出だ。

館内に入っても、大理石の床、タイルの床、ともにぴかぴか。今の建物は、新築後15年はたっていると思うけど、見かけは新築同然。ガードマンは観客とすれ違うたびに会釈をする。
芸術を見せる環境を徹底的に考えている様子が見える。

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特別展をやっているのは知っていたが、僕としては常設展を見たかったので、展示室へ。野々村仁清の茶壷が見れればもうそれで十分。今回は常設陳列で安藤広重の東海道五十三次がどっさり展示されていたし、レンブラントの自画像も見ることが出来たので、もう満足。

でも、ついでなので特別展も見ました。
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※順路をたどると必ず特別展の会場を通ることになります※
結果、エミール・ガレも素晴らしかったんですが、いままであまりご縁のなかったルネ・ラリックがほんとに素晴らしかった。ガラス工芸というか、芸術と言うより商業デザインという分野だと思うのですが、現代的な美しさに魅せられました。

美術館の窓からは熱海の港と初島の浮かぶ海が望まれ、すばらしい景色が楽しめます。この日は天候が不順で残念でした。

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2007年7月22日 (日)

多摩美術大学美術館「東方のイラストレーションポスター展 中国・韓国・日本」

京王・小田急 多摩センター駅近くの、多摩美術大学美術館に行きました。
今は「東方のイラストレーションポスター展 中国・韓国・日本」をやってます。
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1階の2部屋は中国文化大革命当時のポスターを中心とした中国のポスター。
中学生時代、ん十年前に京都の公立学校で教育を受けてきた僕としては、この当時の中国のポスターを見るのはあまり心穏やかではいられない。

「世界で核兵器を持ってもいい国はどこですか」
「はい、ソビエト連邦と中国です!」
「それはなぜですか?」
「はい、それは、侵略防止のために必要だからです。労働者を代表する共産党一党独裁の国は、間違いを犯さないからです!」

「日本にはいい原水爆反対運動と悪い原水爆反対運動があります。いい反対運動はなんですか?」
「はい、原水協です!」
「原水爆反対運動に参加する時は、いい運動と悪い運動がありますから、みなさん気をつけてくださいね。」

私の中学時代の社会科の授業風景。
思い出したくない!
中国の文革時のポスターを見て、嫌な記憶がよみがえってしまった。

2階は韓国の部屋と日本の部屋。
韓国のポスターはなにかストイックさと暗さと……
日本のものは、やはり身近なだけに見ていても抵抗は無い。そして女性(美女)がデザインの中心にすえられているものが多い。韓国のものに女性が多いのかと思ったら、そんなことはない。一点のみしかなかった。

3国の間には、はっきりとした相違が浮かび上がっていることに、予想をしていたものの驚かされた。近い国、おなじアジアの国々と言いながら、この大きな感覚の相違を、無理に覆い隠すことなく、また無視することなく、お互いを知ることで尊重しあう関係でありたいと思います。

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2007年7月18日 (水)

ニャンコのあいさつ(=^・^=)

今日は、うちに帰るとニャンコが玄関でみつゆびついて待ってました。
食事を終えてのんびりしてると、私の横に正座して(プロフィールの写真見てね)僕の顔に口を寄せてきます。このニャンコは娘の教育のせいで、顔を斜めにかしげてチュッとするのが挨拶になってます。鼻と鼻じゃなくて口と口を……(^・^)
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普通は、外から帰ってきたら1回チュッとしてどこか行ってしまいますが、今日は私の横に座ったまま、何回でもご挨拶してくれます。

ムフフ、かわいいやつだなぁ……と思いながら、ふと、えさ入れの皿を見ると空っぽでした。
えさを入れてやると、ごろごろいいながらぱくついてどっか行っちゃいました。
なんだ…そういうことか

(=^・^=)

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2007年7月12日 (木)

また京都2 新幹線

夕方7時半に京都駅から東京行き「のぞみ156号」に乗車。東京到着予定夜10時前。
Photo_5 山側2列席の窓側です。通路側は同じく京都から乗り込んだ40代くらいの奥さん。
この奥さん、なぜか、乗り込んでから何回も何回も荷物を出したり入れたり、紙袋の中を入れ替えし続けている。
私は、あまり本を読む気にもならず、外の景色は暗くてほとんど見えず。
うとうとしていました。

すると突然9時過ぎ、「小田原駅を通過中ののぞみ155号が人と衝撃し、事故処理中です。現在のところ、運転回復の見通しがありません」という放送があった。
※衝撃すると言う言葉があるのだろうか?
この時は高速走行中で、まだしばらく走り続けます。
そののち三島駅まで走り続け、ドアを開けずに停車。ずっと停車したまま。

10時過ぎになって、「三島駅で旅行を中断する方のためにドアを開けます。旅行を継続する方は降りないで下さい。三島駅より先の東海道線の運転は終了しております」とのアナウンス。

11時半過ぎに再び走り始める。小田原は徐行して通過。12時10分横浜に臨時停車。しかし「横浜線、市営地下鉄線ともに運転は終了しています。運転時間の延長のお願いは受け付けられませんでした」とのアナウンス。

12時30分に品川駅臨時停車。「先の旅行の見通しの立たない方は、品川駅では降りないで、東京駅までおいでください」とアナウンス

12時55分に東京駅到着。「旅行の継続が出来ない方に、仮眠用の列車を用意いたしますのでご利用下さい。」とのこと。

電車を下り、駅係員に中央線の接続状況を尋ねると、三鷹方面への電車はすでに終わっています。とのこと。

1時になって、ホームに用意されたというか、回送しないままホームに残し、こうこうと明かりをつけたままの4本の列車が臨時宿泊施設になる。私はこの列車に乗り込んで仮眠することにする。

この後も2時までは列車の到着が続き、仮眠用列車に乗り込んでくる客は増え続ける。
「なぜあなたの隣に座らせてもらったのか…」と話しかけ続けるおばさんに、閉口して逃げ出す女性や、凄みのある関西弁で係員に噛み付くサラリーマンなどいたものの、まず平穏な「列車ホテル」だった。
これで4時半まで仮眠をとった。

始発の4時39分発中央線各駅停車高尾行き電車に乗る。もう夜は明けている。乗客の大半は新幹線の泊り込み組。座席は満席。途中から乗り込む乗客は、電車の混み方にビックリ。座ることは出来ない。

私は立川で下車。ここで同じ車両には新幹線泊り込みの人たちはいなくなった。

家に帰り着いたのは朝6時半。出勤するなら再びすぐに出なければいけなかったが、体力がもたなくて、休みの連絡をメールで入れた。
結局京都から家まで11時間強列車の椅子に座り続けることになった。
あ~、疲れた~

※事故はJR東海の東京の広報部に所属する社員だったとか……

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2007年7月11日 (水)

また京都1 赤山禅院ほか

毎度京都です
いつものように嵐山の「天龍寺」の父親の墓参りからスタート。
Fuyucamera_030 天龍寺に入ったすぐの蓮池で、蓮の花がいっぱい咲いていました。
Fuyucamera_010_4 お参りのあと、門前のお店でかき氷を……

ほうじ茶あずき

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次に一条戻り橋の「清明神社」へ。
Fuyucamera_050_2 境内堀川通り側で、桔梗の花がきれいだった。
Fuyucamera_056 清明神社では、五芒星のマークを桔梗印と呼んでいるけれど、それにふさわしい美しい花です。

ここからバス停に移動する際に通りかかった「白峯神宮」におまいり。
Fuyucamera_058 崇徳上皇が保元の乱に敗れ、讃岐に流されて歿したその後、天変地異が相次いだとか。その霊を慰めるため明治天皇が、今出川通堀川東入ルの現在地に社殿を造営したとのこと。ちょっとこわい(^_^;)
でも、いまはそんなことより、スポーツに霊験あらたかな神様として有名。
境内末社として精大明神が祀られているが、それが蹴鞠の守護神である。そこで現在では、サッカーの神様として多くの参詣者を集めています。
先日参拝した熊野本宮大社が、八咫烏つながりでサッカーの神様としてお参りに来る方が多いけれど、こちらはそれよりずーっとずっと前からサッカーの神様だ。
このときは、着物に着飾った女の子たちが時々社務所の中を駆け回っているのが見えていましたが、後で調べると、この日は元禄時代から続く小町踊りの日だったそうで、見逃してしまった、残念。知らなかったからしょうがないが……

この日の目的地は、「赤山禅院」
Fuyucamera_0712 左京区の修学院離宮近くの山の中。御所の鬼門にあり、宮城守護の寺です。
寺ですって書いてますが、もともと神社だと人からは聞いてきました。しかし、前もって調べてみると、ここはお寺らしい。というか、前は私もそう思ってましたし、やっぱりそれが正解かも。

だけど、境内入ってすぐのところにあるのは、鏡を祭壇の上に祀った拝殿。
Fuyucamera_068 この建物のすぐ後ろの建物は一間社流造の本殿。完全に神社建築です。回廊には狛犬一対がひかえています。祀られているのは赤山明神で泰山府君の事だとか。 神仏混淆の見本のようなお寺です。

Fuyucamera_070_1 また、不動堂、地蔵堂、金神社、弁天社、相生社、稲荷社など、仏教系・神社系な様々な建物が点在する。周囲は緑深く、泉が流れ、古くからの修験の道場の気配が濃厚。その証拠に比叡山で千日回峰行を修める修行者は700日目からは毎日この赤山禅院まで足を伸ばすという。
さっさと足早に巡り歩いたけれど、ゆっくり坊さんのお話なんかも聞いてみたかった。でも、僕にはちょっと重すぎる気もする。
帰り際、寺務所のおじさんにお話を聞こうとしたら、姿が見えなかったので、話しかけることは出来なかった。
Fuyucamera_073 本堂の屋根のてっぺんのお猿さんは金網の檻の中にいる。御所の鬼門を守護する寺社に共通しているのがこのお猿さん。御所の東北の隅っこにも金網の中にお猿さんが囲われているし。比叡山延暦寺下の日枝神社のお使いは猿。

5日の赤山明神の縁日にお参りし、集金に出かけると集金がうまくいくと言われているとか。ここから5日払いという商慣習が出来たそう。

最後に「上賀茂神社」へ
Fuyucamera_0772 最初の鳥居をくぐったところからスッキリしていて気持ちいい。
Fuyucamera_093 下鴨神社みたいに、境内をきれいな泉が流れている。
Fuyucamera_101 本殿特別参拝もさせていただいた。拝殿からは見えない本殿を見せていただけた。

この日はちょっと神社にお参りしすぎた。(^_^;)
そのせいか、東京への帰りは大変苦労することになる(>_<)
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2007年7月 4日 (水)

森博嗣著「スカイ・クロラ」

著者のエッセイは何冊も読んだんだけど、小説は今まで読んだことがありませんでした。戦争を請け負う企業に属す少年少女たち、戦闘機パイロットの物語。
Theskycrawlers_1
この著者は、人の小説を読まないという。
そのせいか、文体は独特。今まで見たことのない文章です。
たとえば会話の部分では、登場人物がそれぞれ意味が同じで異なる言い回しの言葉を相互に投げあう。心を乗せず、すれ違い気味に表現しあう。それぞれが自閉症気味。
使われる単語は、エンジニアリング用語の使用規則にのっとった言葉。

最初のうちは、それぞれの単語、会話が鼻について楽しめなかったけれど、だんだん妙な味わいを感じ始めて、のめりこんでしまった。ストーリーに引き込まれたのでなく、文体、主人公たちの会話の作り出す雰囲気に取り込まれてしまった。

おかげで、続編の「ナ・バ・テア」も買ってきてしまった。

著者は国立N大学の工学部建築学科の教授 。ミステリ作家だけど、これはミステリ小説ではない。
その小説は、男の子の夢が詰め込まれたような物語。でも、女性ファンが多いと言うのは何故だろう。ミステリを読めばわかるかな。

※森博嗣著「スカイ・クロラ」 中公文庫 ISBN4-12-204428-6

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富士山

遠方よりのお客さんがあり、富士山へ行きました。
富士山へ行く時はいつも、富士吉田の「北口本宮冨士浅間神社」におまいりします。ふだん車を止める駐車場は満車で止められず、奥の鳥居近くまで車を乗り入れました。

表の道路から参道、参道から大鳥居の中と、だんだん空気が清らかになっていきます。
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境内はお祭りの準備中。拝殿の前に大きな茅ノ輪が用意され、Fuyucamera_011_3 何人もの神官が忙しそうに立ち働いています。この日は6月30日で「夏越しの大祓」の日だったんですね。そして翌日は「富士開山祭(お山開き)」ということで、今年の夏山シーズンが始まる日でした。
拝殿でもいろいろご祈祷の人が続き、ひっきりなしに大太鼓が鳴らされています。

お参りの後、河口湖ハーブフェスティバルの行われている河口湖畔の大石公園へ。
Fuyucamera_024 まだ満開ではないのですが、一面のラベンダーが美しかった。Fuyucamera_0292 本当なら背景に富士山が大きく見えるのでしょうけど、時折雨がちらつく空模様。裾野しか見えず、それより上は雲の中。
出発前にインターネットのライブカメラのページをチェックしてこなかったのは失敗。(^_^;)

麓からは山頂が見えなくても、ドライブウェイで五合目まで登れば上は快晴という事がよくあるので、スバルラインを登ってみました。
しかし、五合目駐車場に着いてみると10メートル先も見えない濃霧、雲の中に入ってしまいました。
Fuyucamera_048 車の移動は危なくてしょうがない。

1時間ぐらい土産物屋さんなどでぶらぶらしたり、小御岳神社におまいりしていましたが、濃霧は変わらず。それに寒い。Fuyucamera_034_4 Fuyucamera_045_3

あきらめて下山することにします。

道を下るにつれて霧は晴れていきます。

観光バスや自家用車が道端に止まっている場所がありました。カメラを持ち出した乗客たちが記念写真を撮ったりして騒いでいます。車を止めて上を見ると、この場所からは山頂まで、雲が晴れていました。
あわてて車をとめて、ほかの人たちのように記念写真を撮りしました。(*^^)v
Fuyucamera_066 やっとお客さんにも富士山を見せることができましたとさ。ホッ\(^o^)/


※このあと、山麓に下りると、相変わらず雨降りでした。晴れていたのはスバルラインの上のほうだけだったようです。

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