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2007年5月

2007年5月26日 (土)

東京 日野市 山王上遺跡現地説明会

日野市郷土資料館に行った。Fuyucamera_002_6
ここは2回目。前回、オープン直後ぐらいに行って、あんまり○○なので、しばらく行く気がしなかった。ひょっとしたらヴァージョンアップしてるかもしれないとの期待のもと、もう一度訪ねてみた。
すると入り口に、「山王上遺跡現地説明会 5月26日(土)」というチラシ--今日じゃん!--を見つけ、そちらに飛んで行きました。

現場はJR中央線 豊田駅近くの多摩川支流 浅川 河岸段丘上の公団住宅の建て替え予定地です。広さは10万㎡!!
豊田駅方向と日野市役所方向の隣接地には数十万㎡規模の遺跡があるという、遺跡の密集地です。いずれも同じ、多摩川段丘上に立地します。 Fuyucamera_003_4
縄文時代の敷石住居跡、奈良時代の竪穴住居跡3つと掘立柱建物跡5つ、集石土坑(石焼オーブン)跡など……広大な調査地域の中でそれぞれに都の埋蔵文化財センターの職員がついて、丁寧な説明をしておられた。
Fuyucamera_004_3

調査地は周囲をぐるりと大きく育った木々に囲まれているため、周囲はビルやマンションが立ち並んでいるにもかかわらず、それらから目隠ししている。ただし、浅川方向だけはがけになっていて建物は無く、木々の間から遠くの山々のつらなりが見えるようになっている。 Fuyucamera_012_2
とても景色のいい”気持ちのいい”ところだった。ここがキャンプ場だったら居付いてしまいたくなるようなところです。
でも、大変ないい天気で、職員の方は汗を拭き拭き「暑いですね~、でも大雨にならなくてよかったです~、ハァ~」と言いながらゆでだこのような顔をしておられました。

奈良時代?の竪穴住居跡はみな四角形の深い穴で、その一辺にかまどが付属しています。縄文の遺跡なら、本の図版などで丸い住居跡を見慣れてますが、この四角い家の中で、むかしの人たちがどんな生活をしていたか、いまいち想像がしずらくて、とても違和感がありました。

ほかに、近くの現場で発掘された石器時代の石器製作所跡?の遺物を展示していました。鏃を作るために削った石片が見つかったというのですが、小さ な小さな石のかけらを何万㎡という敷地の中から発見するという仕事を想像し、絶句。大変な仕事だ。遺跡の発掘は、子どもの頃からの私の憧れの仕事なんだけ ど、灼熱の現場での肉体労働とともに、生半可な仕事でないことを、改めて思い知らされた。

今回公開の現場は、「まだ関東ローム層まで掘ってないのだけれど、そこまで行けば、石器時代の遺物が出てくる可能性はあるんじゃないかな」と係員 の方が言ってました。がけの下は水が湧き出すところだから、動物が集まっただろうし、そうしたら石器時代人も獲物を求めてこのあたりに来ていたはず……と いう理由。

※現場の写真は、「無断でWEBに掲載したりしないで下さい」って、人の心を見透かしたみたいに、きっちり釘刺されたんで、風景写真だけ載せます(*^^)v

日野市の文化財行政に関わる方々へ……ここはご覧になってないとは思いますけど、もしご覧になっていれば、お願いいたします。日野市郷土資料館 はとても公開を前提とした施設とは思えません。日野市がこれほど文化財を軽視なさっている現状は、とても悲しくなさけなく思っております。是非、ご再考 を!!歴史教育にあと少し予算と人材を振り向けて頂きたい。日野の歴史は、新撰組だけじゃないのですから、是非お願いいたします。

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2007年5月24日 (木)

映画 TheQueen

主演のヘレン・ミレンがアカデミー賞主演女優賞を獲得した映画「TheQueen」を見た。
Thequeen
上映館が少なくて、上映回数も少ない。観客動員はいまいちな様子。
いま退陣が話題になっているブレア首相が当選し、そののちダイアナ元妃がパリのトンネルで猛スピードで壁に激突死するところから話は始まる。
女王は抑制的で静かに対応したが、迅速で情熱的な対応を望む国民の意識とのはざまで深く悩むことになる。マスコミの論調に強く傷付きながらも、ブレア首相の援助もあり事態を乗り越えていくことに。私情を表現することの許されない女王という立場の悲しさを、英王室への愛情をこめて表現した映画です。

表現は劇的ではなく静かだが、それだけに悲しみがにじみ出てくる映画だった。

英国の皇室が、それでも日本の皇室より庶民の生活に近しい様子がうかがえ、日本の皇室の苦しさ、悲しさをも考えてしまった。

※見る人により、いろいろに解釈できる映画です。あとで人と感想を出し合えば、数多くの意見が出てきて面白いかもしれません。

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2007年5月21日 (月)

中近東文化センター

本日は東京は三鷹の中近東文化センター付属博物館へ、Fuyucamera_006_3  
一度は運営を続けることさえ危ぶまれた施設ですが、この分野では数々の業績を上げ続けた中近東文化センターは、ぜひ、今後も活動を続けて頂きたいと思っております。
ここのところ、研究対象地域は、政情が不安定なところが多く、財政的な問題以外にも研究を継続することには障害が数多くあり、研究者の皆さん、運営側の皆さんには強く同情いたします。とはいえ、外からは、そのようなことをうかがわせない展示に尊敬を感じています。

H.P.をみて、毎週日曜 午後1時から列品解説があることがわかったので、それをねらって行きました。
現在は「魅惑のペルシア陶器」展を開催中で、この陳列品の中で「ニーシャプール出土陶器」について解説を30分ほど聞かせていただきました。
唐三彩のような陶器、ラスター彩陶器のような陶器など、そして、鳥を図案化した皿など、大変興味深いものでした。そもそも私にはほとんど基礎知識 が無いので、学芸員の方の説明の吸収度合いははなはだ怪しいものですが、見るだけで面白いと感じる陳列品(陶器)が多く、解説が終わってから同じコーナー をもう一度巡りなおし、参観しました。

この博物館の展示はエジプトから中東、イラン、イラク、トルコなどの考古発掘物や研究成果が中心です。
とても落ち着いた展示室、きれいなロビーなど、素晴らしいところです。 Fuyucamera_008_2
喫茶室が常時営業ではなくなっていたのが残念です。
でも、ロビーでお茶をいただいたり、備え付けの資料などを見せていただくことも出来ます。

交通はJR三鷹や京王線調布駅あたりからバス
国際基督教大学(ICU)に隣接です。

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2007年5月20日 (日)

お台場

東京に住んでるのに、都会は苦手で、お台場などもほとんど行くことはありません。
今日は、たまたま夕方お台場に行ったんですが、夕日があんまりきれいなので写真を撮ってきました。 Fuyucamera_001_1
Fuyucamera_003_2 ※実際は目の覚めるようなオレンジ色の光だったり、放射状に広がる光の筋が広がっていたり…と、素晴らしい光景だったのですが、私の腕では写真に写し取ることは出来ません。それでも、画像には、それなりに写ってるので、ここに載せておきます。

でも、夕方になって現れだした屋形船の中には、ネオンサインが点滅するものや、赤や青、ピンクの提灯がぎらぎら輝く船などいて、せっかくの夜景がだいなし。

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2007年5月14日 (月)

東京 多摩市 稲荷塚古墳

Fuyucamera_002_5 今、郷土史週間(^_^;)の私は、聖蹟桜ヶ丘の「聖跡記念館」に行ってみました。

ここは、よく見ると相当凝った意匠の建築です。狩りで何回もおいでになった明治天皇を記念した建物だそう。

Fuyucamera_005_5 この建物の周辺は、春なら桜が大変きれいなところ…名の通り「桜が丘」です。また、秋冬は遠くの方まで見通すことができる景色の素晴らしい場所で す。ところが、これからの夏は緑が濃密 に生い茂って、遠景はまったくききません。親子連れや、某政治団体支部のハイキングの人たちが広いアップダウンの中 で思い思いに散策しています。

そこから「東京都埋蔵文化財センター」に行きました。京王線や小田急線の「多摩センター」駅から数分のところにあります。要は「パルテノン多摩」からそんなに遠くはないところです。

Fuyucamera_010_3 縄文式土器のかけらなども触らせてもらえます。
実際の縄文期の住居跡遺跡が隣接しており、竪穴住居が再現してあります。屋内展示はごくコンパクトで、縄文から江戸時代までの基本的な埋蔵文化財を、近隣で発掘された遺跡からの出土物を中心に、順番に展示してあり、子どもたちにも興味が持てるような工夫もあります。Fuyucamera_011_2

昨日「パルテノン多摩」の展示で見かけた「稲荷塚古墳」の展示がここにもあり、多摩市内の「稲荷塚古墳」を実際にこの目で見たくなったので、そのまま出かけました。

地図にも載ってないし、どうやったら場所がわかるのかと思っていたけど、たまたま車のナビに「稲荷塚古墳」と打ち込んだらそのまま地図が表示されてしまいました。
んなわけで、ナビの指示のまま車を走らせ、現場に行きました。 Fuyucamera_007_1
緩やかな起伏のある多摩ニュータウン地区の中でも、ゆるい尾根筋で、古墳が多くある地域の一角にその遺跡の表示がありました。昔は墳丘も含めた広い範囲を寺域とする寺があったが廃絶し、明治に墳丘の上を大きく削り稲荷社が建てられたとか。
そして、そのころ墓室が暴かれ、盗掘にあったとのこと。千年ほどは、墓の住人も安らかな眠りについていたかも知れず、つくづく残念なことです。

荒れ果てた恋路稲荷神社の社殿の横が石室を埋め戻した現場らしく、ブロックでわかるように地面に表示されています。
ここが、西日本では天皇クラスの墓所として数基確認されているのと同じ八角墳であることは、外見ではわかりません。時代は古墳時代後期。神社の境内の周辺もある程度広い範囲が児童遊園として下草は刈られています。これが古墳の範囲かもしれません。
周辺はあまりスッキリした印象ではありません。

まあ、十分な管理がしきれないので埋め戻すということも、ある意味いい判断かもしれません。

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2007年5月13日 (日)

パルテノン多摩 特別展「関戸合戦」

前にも書いたことのある、多摩市のパルテノン多摩に行ってきました。 Fuyucamera_0032_2
Photo_3
今は特別展「関戸合戦」というのをやってました。
関戸というのは今も残る地名ですが、東京都多摩市北端、京王電車の特急停車駅「聖蹟桜ヶ丘」周辺を指します。ここに「関戸橋」という橋が多摩川にかかりますが、この道を鎌倉街道上道といい、鎌倉に幕府があった頃以降、鎌倉と北関東を結ぶ重要な道となりました。
そして、この関戸橋の北と南では、時の政権を揺るがす戦いが何回も行われ、たくさんの血が流されました。その遺跡を紹介する展覧会です。
1333年 新田義貞の鎌倉攻めの際にはここ関戸と分倍河原で激しい戦闘が行われ、
1352年 新田義興らの南朝勢力が蜂起し、鎌倉に攻め上り、足利尊氏の幕府側は関戸を防衛拠点としますが破られます。
そのほか、関戸が戦場になったことがこの頃だけで10回ぐらい。
おびただしい血が流されています。
そして、近世にいたっても、その時斃れた武将の祟りということが何度も語られ、多くの寺社で住民による供養が行われています。くわばらくわばら。

一週間前には「府中市郷土の森博物館」に行ってきましたが、 Fuyucamera_002_4
やはり府中市も鎌倉街道関戸橋の北詰に位置する関係で、鎌倉時代の武将への鎮魂の遺品の展示が多く、はからずも2週連続で同じテーマを追いかけてしまったことに、自分でも驚いてしまいました。

このあたりの多摩川に沿って京王線の本線や相模原線が併走していますが、駅1つごとに中世の山城が1つづつあったことに驚きます。
これほどに、戦いが常のことになっていた時代に、生きることは大変だったろうなということに思いを馳せました。

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2007年5月 7日 (月)

都民の森

5日 桧原村の「都民の森」に行ってきた。 Fuyucamera_003_3

奥多摩湖の近く。かなり以前に通行料を無料化した奥多摩ドライブウェイを走り、登りつめたあたりに駐車場がある。
ここは毎年、台風シーズンになると園内で土砂崩れが発生して閉鎖になったりするが、いまはまだそんな季節じゃない。

駐車場からたかだか5分くらい、階段を登ると木造の建物群がある。
Fuyucamera_004_1
ここの屋上テラスで缶コーヒーを飲むのが気持ちいい。
※ドリップコーヒーだともっといいけど、テラスには無い。

いろんな鳥が飛んでいく。心地いい風が吹き、いつまでもここにいたくなる。

自然観察会や木工教室など、いろんな催しもやってます。

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